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2007.07.16

切腹実見記

Harakiri

1961年の「奇譚クラブ」11月号に、田地原規郎という人物による「切腹実見記と雑感」という記事が掲載されている。「奇譚クラブ」の読者には切腹マニアが多数居たようで切腹小説や上図のような模擬切腹写真などは良く掲載されているが、実際の切腹に立ち会ったという人の手記は貴重かもしれない。(もっともこの投稿記事が真実という保証は全くなく虚構である可能性も高い)
筆者が立ち会ったという切腹は終戦直後の昭和20年8月23日の夜のこと。30歳と26歳の男性二人と、22歳の女性一人が切腹。全文だと長くなるので、22歳の女性(文中ではC)の切腹場面を抜き書きしておく。

「切腹実見記と雑感」田地原規郎 (部分)

 二人が見事に切腹を終わって打俯し、血だまりの中で静かになるまで、Cは青ざめて額に汗を流してはいたものの、冷静に観察していましたが、二人の方に合掌して合図を送り、自分の切腹予定の部屋へ引き取りました。
 私は手も胸も血が付いているので、部屋を出てそれを洗い落としてからCの部屋に入りました。この部屋はやはり洋室の六畳で中央にかなり太い四角のモルタル塗りの柱があり、その前にシーツらしい白い木綿布が敷かれて、三宝にAと同じ位の短刀が刃の半分足らずを残して紙を巻いて置いてあり、Cは白布の外で立って待っていました。Cは身長は五尺二寸位でしたが、かなり肉附が良く一四貫足らず体重がある。色白の静かな性格の女です。
 Cの切腹の介添について、彼女の希望から打合せをしたのは大体次のようなこを記憶しています。
 (1) CはもちろんA、Bと同じく十分に深く掻さばく覚悟ですが、初めの予定ではしごきを押下げ、じゆばんの前を寛げて肌も脱がずにやる積もりだったのが、Aの例から特に女の非力では無理と思われるので、じゆばんを脱いで、腰巻も十分押下げて切腹する。
 (2) 一文字に引廻すと、苦痛とはらわたが溢れるためか、身体が前に傾いて以後の所作が難しいから、ちようど柱を背にしているので、身体を柱にしばりつけてほしい。絶命後もそのままでよい。
 (3) 切腹は本当の十文字腹にしたい、ところが横一文字に引廻して刀を抜くと腹がゆるんで、引きずり出さずとも口が開き内臓が溢れ、今度縦に切り下げても腸がじやまになって、腹を四つに切り裂くことができないわけです。そこで、横一文字はA、Bと同じで、引廻したらすばやく両手で傷口を押え力限り両方へ引張って緊張させる。そして私に鳩尾へ十分深く突立てて、出来るだけ勢いよく切下げてほしい、というのです。
 特に(3)の注文については執念というか、妖気のような緊張感さえ覚え、タジタジとなった程だったのですが、くりかえし頼むで了承しました。
 Cはじゆばんを脱いで脇にたたみ、腰巻姿で白布の上、柱の前に座りました。この時私がちよっと不思議に思ったのはCの腰巻のことです。普段の晒やネルのものは膝のちよっと下位迄の長さのようですが、正装のは絹で着物の丈と同じに長く作ってあるようです。それがCのは昔よくあった白富士絹に上に10cm幅位の晒をつけたものですが、膝が完全に出てしまう位の短さで、座って膝を大きく開いたら前がはだけてしまいそうなのです。しかし、後から調べてみると普通の腰巻と違って腰を二廻りするように作ってあり、前が開くということは仲々起こらないことがわかりました。それにしても、なぜあれほど極端な短さのものを使用したのか、その原因は想像できません。
 ですから、Cがぴたりと正座すると更に膝の上までかなり出て、現今の短いスカートとはまた違い、異様な感じです。Cは腰巻の紐を解き胸の下までしめていた布をゆるめながら腹を寛げました。
 いわれるままに乳房の上、腋下にしごきを通し、柱の後でしばり紐が下へ落ちないよう二カ所をクギで止めました。裸になってみると乳房は僅か垂れ気味ながら非常に大きく腹部も丸々として臍窩が深くかなり肉感的な体格でした。脇毛は全く剃ってありました。
 身体が柱に固定されたのえ三宝に手が届かず、私がとってやると微笑しつつ受取り、ふだんと少しも変わりません。しかし脇に置いた懐紙をぐっと噛むと急に険しい表情になり、方を左脇壺にあてがうと私に目礼しました。A、Bと同じようにグッと押しましたが、皮が柔らかくてその上Cが切尖をはねないので一度目は二cm足らずプツリと入り、二度目にグサッと突通りました。Cは声を立てず、額に脂汗を流しながら、刀をキッとにらみつつギリギリと引廻して行きます。やはり男よりは一般と腹が柔らかいので切る方向に皮が引よせられて行くのをギリッギリッと小刻みに掻切ってゆくのがA、Bには見られなかった凄愴な感じでした。Bは横一文字を二〜三秒位(一刀の許に)の感で引廻したのが、Cはよどみなく刀を運びながら十秒近くもかかった様に思われました(実際は六・七秒かも知れません)。右脇へ引廻すと、既にちよっと垂れ気味の傷口の左端を左手でグッとつかみ、次いで刀を刺したまま右手を刀のすぐ右にあてて、肩ではげしく息をしつつ両方に引張りました。
 切腹の前日、Cは顔、首、胸をなるべく血まみれにせず死ねないものかと冗談めいて言っていたのが、ふっと思い出されましたので、鳩尾を十分えぐってやると長く苦しまなくてもよいのではないかと気が付き、腹に突立つたままの刀を引抜き、左手で胸骨の下端をさぐり、骨に当たらぬよう切尖を押当て刃をグッと斜め上に向けて存分にプッツリと突通してやりますと、Cは「アーッ」と叫んで懐紙をパタッと膝に落とし、頭や膝をゆすぶって苦しがりましたが、刀の背に左掌をあてのしかかるようにザーッと切下したとたん、私の顔までピューッと血がとび、脇腹を押さえる手がゆるむと臍の下がサクロの様にパクッと割れて、ガバガバッと小腸ばかりか大腸らしい不気味なハラワタが膝に溢れ出し、腰巻はもちろん白布の上まで血だまりになって行きます。Cは最後の力ででしょう、両手で盛上がったはらわたをグッと押さえるようにしましたが、がくりと首を垂れ右手で腸を摑んだ儘左手はダラリと下に垂れて静かになりました。
 Cはかなり下腹部を引廻しており、臍下六cm位のところを十六cmほど完全に引切り、縦のは鳩尾から臍のすぐ左を通り二十六〜七cm位の長さに亘っていました。A、Bの死体は打俯して傷口がわからず、腿と胴の間から内臓がはみ出している程度でしたが、Cは柱に身体をしばったため、絶命しても髪をふり乱してうつむいているだけで、血まみれの内臓のあふれた腹部と、真白く盛上がった乳房はすさまじい対照となってゾッとするような気持ちでした。腹皮はかなり厚く臍下ではAと大体同じ位でした。

「奇譚クラブ」1961年11月号より

切腹の手順に関しては三島由紀夫の映画「憂国」で詳細に描かれている。

YouTube : Yukoku - Yukio Mishima Harakiri scene

allcinema ONLINE : 憂国
IMDb : Yûkoku

Jul 16, 2007 3:43:05 AM |

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Comments

【憂国】は、去年行われた、三島由紀夫映画祭で観ましたよぉ(^O^)
とっても濃厚な28分でしたワ
やっぱり女性は皮下脂肪が多いから、スパッ!といくには難しいのかしらん

Posted by: ひきゃる♪ | 2007.07.17 08:24 午後

「憂国」はなんかもう完全にエクスプロイテーション映画ですねぇ。
切腹シーンだけでもうお腹一杯という感じです。

皮下脂肪が厚いと切りにくいというのはあるでしょうね。厚みが邪魔をするというのもあるでしょうし、脂肪が刃にこびり付いて切れ味が鈍りそうです。

Posted by: Hugo | 2007.07.18 03:01 午後

先日みた映画「MISIMA」では、
このシーンの撮影の再現もあって
緒方三島が刃が引っ込むオモチャで
シュコーンシュコーンと切る練習をしてましたな。

それよりも、この記事には
切腹した人物のおひ立ちなどはなかったんでせうか?
すこし気になります。(架空の記事としても)

Posted by: 煮炊王 | 2007.07.20 09:50 午前

煮炊王さん、こんにちは。

> 切腹した人物のおひ立ちなどはなかったんでせうか?
残念ながら人物の詳細や切腹の理由などは明かせないということで一切の記述はありません。
結構、描写が細かく冷静なのと、時期が終戦直後ということで結構本当のことなのかもという気がしてます。

Posted by: Hugo | 2007.07.20 09:53 午前

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