「不良児と性慾」 村嶋歸之
戦前、大阪毎日新聞者の記者であった村嶋歸之が昭和5年に「家庭科学大系」に発表した「何が彼を不良児にしたか」より、昭和初期の不良少年の性についてのレポート。
不良児と性慾
1.不良児の知春期
不良児と、不良ならざるこどもとを比べて、最も異色のあるのは、不良児が頗る早熟であるという事である。即ち性の目覚めの早い事である。これが普通のこどもなら、まだホンのこどもであるべき年齢で、既に異性を知ってゐる者が甚だ少くない。嘗て原房孝氏が四十の感化院、八つの監獄について調べた結果によると、そこに収容されてゐる千八百四十五人(内女子七十人)の不良児の内四百四十二人、即ち二割三分九厘までは既に春を知ってゐたといふ。(ここにいふ不良児とは、二十歳以下の犯罪少年および感化院収容児を指すものである)そしてこれ等四百四十二人は、何歳にして初めて春を知つたかといふに、最も早きものは満六歳といふものがある。かくの如き事はある得べからざる事であるが、事実はその少年が芸妓を稼いでゐる者の養子で、変態性慾の犠牲となつたものである。故にこれは例外として姑く措き、最も早く春を知つたものは男では十一歳が一人、女では十三歳がレコードで二人を数へる。男十一歳といへば尋常四年生ではないか、その尋常四年生が春を知るといふ事は、子を持つ親にとつては、驚異でなければならない。
各年齢を通じて最も多いのは、男子にあつては十六歳を絶頂とし十七、十八、十五歳で全員の六割は十五歳から十八歳の間に、たおやめの柔肌に触れるのである。若しそれ、十五歳以前に異性を知る者をも合算すれば、七割近くまでは十八歳までに異性を知つて了ふ勘定である。十八歳といへば、普通の子供ならまだ中学の四年生頃である。そしてそれ以後になつて初めて女を知る者は全員の五分にも足りない有様である、
また女の方を見ると、全員の七割は、十五歳から十八歳までの間に男を知るのである。そして十九歳、二十歳にして、初めて春を知るといふが如き者は一人もないのである。これを男子に比べて女子の方が早熟であるのは、これは生理上当然の事であるが、然し十八歳までに殆ど全部が処女を失つてゐるといふ事は、何としても驚くべき事実である。これが通常の娘なら女学校の四年生に通ふてゐる年頃である。その年齢において既に全部が異性を知つてゐるのだといふのである。
斯う調べて来ると、男の児は十歳を過ぎるとそろそろ性的危険が来るものと見ねばならない。尤もコンナ年少時の性交は、真の性慾の衝動から来るものではないが、こうした年少時に最初の経験を持つた者が、その後、善く性の節制を守り得るとは考へられない。又少年時における性慾の濫費が、その児の発育を阻害する事は実に著しいものがある。筆者の知人某は、中学の二年生頃——十五六歳——か或る未亡人に愛せられ、性的翫弄物となり、性慾の濫費を行つた結果、その兄弟姉妹がいづれも丈も高く、健康なのに、一人丈も低く、病身である実例もある。
不良少女の年齢が男子に比し年齢に多くの隔たりを持たないで、比較的一所にまとまつてゐるのも、女子の性が受動的である事と、月経襲来の関係である。要するに性的に最も危険な年齢は女子にあつては十五、六、七歳、男子にあつては十六、七歳で、親としても最も監視の目を離す事の出来ぬのも此頃であるといはねばならない。
二、童貞を失ふまで
然らば、これ等のこどもが初めて春を知つた時の、あいての種類は如何なるものであるかといふに、之れについては福岡監獄の詳しい調査があるからそれを記す事としやう。
大正九年同監獄の未成年囚百二十人の中、未だ春を解せざる者三人を除いて、残り百十七人の少年が始めて知つた異性の種類は、処女が一番多くて五十三人(五割)、これに次で娼妓の二十九人、婬売婦の二十六人、それから遙か下つて女工の四人、芸妓の三人、女中の二人といふ順序である。即ち、未成年囚の半数までは処女によつて始めての異性の経験を得たものであつた。芸妓女中の少ないのは、之等の少年の家庭が概ね貧困で、芸妓や女中に近づく機会の少ないのと、および農村にあつてそうした女性の周囲にないためであらう。
なほ此処に興味ある事は、対象異性の種類が、少年の年齢によつて差異のある事である。即ち年の若いほど対手は処女が多く、長づるに従つて娼妓、婬売婦お増加するのを見る事である。例へば十七歳未満で春を知つた者六十八人中、対手が娼妓といふ者は僅か十三人、即ち二割に足りないで、処女が三十三人、即ち五割近くを示すに反し、十八歳以上の者十七人について見ると、九人即ち六割近くは娼妓であつて、僅か四人、即ち二割三分が処女である。これといふのも、十七歳未満の少年にあつては、処女以外に接する機会がないため、従つて処女によつて春を知るのであるが、十八歳以上で春を知る者は、友人の誘惑により遊里に足を踏み入れる機会も多く、そのため娼妓、婬売婦によつて最初の経験を受ける事となるのである。
次に然らばこれ等の少年が異性を知るに至つた動機はどうかといふに、数の上から見れば、友人に誘はれて遊女屋若くは料理屋に登楼し娼妓その他に接したものが最も多いのである。今、白井勇松氏が川越少年刑務所で調査せられたところを引用すると、総員九十一名中、友人に誘はれて共に登楼したもの五五人
、人より遊興の話を聞き登楼したもの一八人、心安くありて関係せるもの七人、無理に関係せるもの六人、女より言い寄られ関係せるもの、女を誘惑して関係せるもの周囲が遊郭で人の登楼するのを見てこれに倣つたもの自暴自棄で鬱さを晴らさんため登楼したもの送別会で料理店に行つたもの各一名といふ割合であつた。即ち半数以上は友人に誘れて登楼したもので、之に次では、人から遊興の話を聞いて登楼したものである。
これ等はいづれも対手が娼婦である場合であるが『心安くなりて関係せるものなど』は大部分対手が処女である場合である。余の親としては、まづ子の友人の選択に注意し、仮初にも、遊郭へ連行する事のないやうな子をわが子の友人に選ばしめねばならない。それと同時に、異性の友人との交際に周到なる注意を払ふべきである。
三、遊興費に窮して
右の如く、不良少年は元来性的に早熟であるが、これがまた犯罪との間に密接なる関係を持つ事は言ふまでもない。上記福岡少年監獄の幼年受刑者統計に見ても、入監前の悪習関係の筆頭は異性関係で、総員の二割七分を占め、買喰の二割六分、活動写真の二割六分よりも上位にある有様である。そして、これ等異性関係の対象の半数は娼妓である。即ち女郎買が、彼等の悪習の筆頭に位ひする訳である。彼れ等は女郎買ひの面白さと、遊女の情けが忘れられず、さりとて遊興のためには相当の金子がなければならず、その金子のない場合、煩悩の犬追へども去らざるにおいては、遂ひに盗みをしてその金を手に入れるといふ段取りになる。犯罪の影に女性ありとは、昔から言ひ慣はされてゐる言葉であるが、少年犯罪の場合においても、また同様のことが言へる訳である。
不良少女の場合も同様である。原房孝氏の調査によると、不良少女の道楽の内訳は、男道楽が首位を占め、一割三分を数へるといつてゐる。原氏の調査では、男子の道楽は、女道楽が活動写真芝居の下にあるにも拘らず、女子の場合は依然、男道楽が首位にあるのは余ほどの事と言はねばならない。まだホンの子供だと思つて見くびつてゐると、飛んでもない目に会ふ事を覚悟しなければならない。少年の性慾については、特別の注意が必要である。
四、環境の悪感化
なほ斯くの如く、少年が早熟となる誘因としては、まづ第一に環境の悪感化を挙げなければならない。
貧民窟では『似た者夫婦』をもぢつて『寝た者夫婦』といふ事が言はれてゐる。何しろ、貧民窟では三畳敷と二畳敷の二間のあるのはまだ善い部類で、甚しいところになると神戸の茸合新川の如く二畳敷一間などの家もあつて、そこへ親子夫婦は愚か、妻の連子と、夫の弟と従弟といふやうな者が雑然と寝るのだから、その間、種々の忌はしい事件の起こるのも寧ろ已むを得ない事である、と同時に、こうした中に挟つて育つ貧家の子女が、一般家庭の子女に比し、性の目覚めの遙かに早い事も、また当然といはねばならない。賀川豊彦氏の説教所に出入する某博徒の内儀さんは『宅の子供はまだ四つにしかなりませぬのに、猥らな事を私に求めて仕様がありません』と訴へた事があるといふ。素より四つの児に性の目覚めがあつたといふ訳ではないが、そうした事を見聞して模倣せしむるに至るやうな、そうした環境——それが一つの大なる問題ではあるまいか。
貧家の子女は早熟である事は、娼妓志願者の場合に、最も顕著に現れて来る。即ち大阪府下において十年間に受付けた娼妓志願者五千人についての調べによれば、その中、二百六十人は十五歳未満で異性を知つてゐたといふ。日本婦人の月経の初潮は十四歳八ヶ月だといふから、統計面の上からいへば、娼妓志願者の五分ともいふものは、その初潮以前において既に破瓜せる訳である、貧家の子女の如何に性の目覚めが早いかが、この一事でも想像出来るだらう。
即ち、彼等の家庭の年長者の性生活を、子女の前に、直接曝け出す為に、不知不識の裡にその子女をして早熟たらしめるもので、これは全く環境の感化といはねばならない。故に家屋の改良といふやうな事もなた大に考慮せらるべき問題といはねばならぬ。
夫婦以外に子女を擁する家庭にあつては、少なくとも二間のの部屋がなければならないと思ふ。或る外人は『夫婦が隣室の人を気にして臥せるうやうな家庭屋内には、立派な子供は生まれない』といつたが、私はこれを言ひ換へて言ひたい。『夫婦が隣室を気にし乍ら臥るやうな家庭内に、不良少年の生まれるのは当然である』と。
勿論、家屋の狭隘許りが不良児を作るのではない。その父兄が児童の前で、淫猥な話などをする事が、児童をして早熟ならしむる事も言ふまでもない。
更らに注意を要する事は、交友である。此事については既に述べた。之に次いでは外泊や夜遊びで、此事が大なる過失を招来する場合が決して少なくはないのである。
此外、外部的には劣情を挑発せしむるやうな読物、歌謡、芝居、活動写真が、その誘因となる事が少なくない。活動写真そのもののみならず、暗い活動写真館内が、危険性の培養所となる事も多い事は既に世人周知の事実である。
なほ遊郭の存在が彼等堕落の大なる誘因となる事は勿論で、公娼制度の廃止は不良児救治策の一大眼目でなければならない。又各地方における祭礼、盆踊などが男女密会の機会を与へる事も注意すべき一つである。
尤もこれ等のものは、本人若くはその周囲の者が注意する事によつて或る程度までは、危険に近づく事を防遏出来ぬ事もないが、此処に困難を感づるのは、工場その他の仕事場における感化である。男女が雑然と一緒に働いてゐる処などでは、兎もすれば、醜関係を結ばしむるやうな事が多いが、さりとて、これを防止するために仕事をやめさせるといふ事も、生活の点からいつて不可能の場合などがある。
紡績工場や燐寸工場の如きはその適例である。筆者は屢々これ等の工場を参観する機会を持つが、燐寸工場の如きでは、参観者に向つてさへ、淫猥な言辞を投げる者のあるのを知ついてゐる。かうした中に働いてゐる年少男女が早熟となり、延いては性的失敗を招来するのは、素より当然の事でなければならない。これは只だに工場の場合のみならず、商店に使用せられ、或いは料理店その他に奉公する場合も同様である。これ等の事は、社会が全く改造され、各個人の徳性が高く浄めらるるまで、此の危険はいつまでも続くものと見なければならない。「何が彼を不良児にしたか」村嶋歸之著(1930年4月)より
出典:村嶋歸之著作選集第2巻「盛り場と不良少年少女」柏書房
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Mar 17, 2007 2:04:25 AM | Permalink
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