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2006.08.27

”ろ”はロリータの”ろ”

雑誌、「アニメック 17号」(1981年)の美少女特集「”ろ”はロリータの”ろ”」より、安座上学というライターの書いた、美少女趣味についての記事を紹介。漫画・アニメ誌でロリコンについて特集が組まれたのはおそらくこれが始めて。(特集ではない単体の記事としては、1980年の「OUT 12月号」の「病気の人のためのマンガ考現学」という連載の第1回でロリータ・コンプレックスが取り上げられている。この記事の全文はこちらで読める。ちなみに、雑誌「レモンピープル」の創刊が1981年末、「漫画ブリッコ」が翌82年の創刊。)

”萌え”はおろか”オタク”という言葉すらなかった時代の話。

内容的にはかなりくだらない(というか気持悪い)が、前半のSF大会に来て幼児ポルノを買いに行く件はちょっと面白かった。

SFと少女愛好の双曲線
二次元コンプレックス処方箋

安座上学

アニメ界に首をつっこむ以前、私はこっけな自意識を持ったひとりの青年だった。私は私自身の少女愛好癖に不安を感じると同時に、ひそやかな優越感も抱いていたのだった。ところが、アニメックの編集部に出入りするようになると、あなたもロリコン♪私もロリコン♪世の中には少女愛好家しか存在しないのではないかと錯覚するほど、ロリータ・コンプレックスの大安売りだ。こんな状況ではもう美意識も背徳性もあったものじゃない。昼は有能な好青年、夜になれば少女を求めて月夜の街をさまよう、月光仮面的二重人格にこそ少女狩人の美を見出していた私も、あっさりと自己をさらけ出して彼等の仲間に加わることになった。そうせざる得ない程、SFファンやアニメファンの自己表現はあっけらかんとしたものであった。実際、帝都においてはロリコンでなければSFファンではない!とさえ言われる今日今頃なのだ。
SFファンにロリコンが多いという実例をひとつ。TOKON VII(79年SF大会)での26才のSFファンの体験だ。第一日目が終了し、合宿所からぬけだした彼は、浅草のポルノショップへ勇んで出撃した。もちろんその手の輸入モノを求めてである。ところが行く先々で、十才前後のモデルを使った本だけが売り切れ、最後に立ち寄った露店は、モデルの年齢別にコーナーが作られているのだが、5才~15才までのコーナーには一冊も残っていなかった。不審に思い尋ねる青年。
「あのー、10才ぐらいの女の子の写真集ありませんかねー?」
「ああ、さっきあんたと同じようなバッジ(SF大会参加者用)つけた連中がみんな買い占めてったよ。こっちに18才のがあるけどどうかね?無修正よ~。」
「いりませんよ、そんなの。」
「みんなそう言うんだよね~。」
ショックを受けた彼は、翌日の入荷を確かめて、優心のまま合宿所へ帰った。さて翌日。彼は昼過ぎに会場を出て前夜のポルノショップへ出向いたのだが、今度は開店と同時にやって来た別の集団によって、少女ポルノ誌は買い去られた後であった。しかたない、5才ぐらいで我慢しとくか……と思ってそちらの棚に目を移すと、本日はそちらも売切れでござい-とまあこういう次第である。これなどかなり極端な話であるが、読者諸君の間にも似たような伝説はいくつもあるはずだ。私はといえば、車を運転している最中に女子小学生の列に目を奪われ信号無視をやらかす輩や、意識的に女の子にぶつかっておいて「あ、ごめんね」などとかこつけて体に触れたがる友人に囲まれる毎日。いったいSFと少女愛好症にはどんな相関関係があるのだろう?アニメファンにとって少女とは何を意味するのか?
ブライアン・W・オールディスの異色作が出ている。サンリオSF文庫の『手育てられた少年』だ。本誌の読者ならいまさら説明もいらぬだろうが、オールディスは「地球の長い午後」などで知られる、英ニューウェーブSFの旗手である。『手で-』はそんな彼が少年期を描いた作品だ。SFではなく中間小説、たぶんに自伝的色彩が濃い。ホレイショという中産階級の少年が性的に成長してゆく過程を描いている。もちろん齢が齢だけに相手も少女である場合が多い。手で育てられるというのは、文字通り性交以前の愛撫や手淫による性体験の意だ。第二次大戦当時のイギリスの地方都市を背景に描かれる、幸福な性体験に満ちた少年時代。男性なら誰でも自分の幼少時に郷愁をはせながら、この本のページをめくるに違いない。注目すべきは、オールディスのSFの原体験が、5才時の「お百姓さんと牛くん」ごっこ(早い話がお医者さんごっこの変型)にある点である。自らの小さな性器を女友達にさわらせたり、少女の性器が開くのを知った時に覚えた快感、オールディスにとっての最初のセンス・オブ・ワンダーはそんな性体験だったのだ。「そのように幼いころでさえ、ぼくは大人たちのようにセックス以外のことはほとんど考えなかった(石原武訳)」少女の性器に対して覚えた悦びこそ、オールディスをSFに導いた原動力ではないだろうか?
SFマインドは因果律によって生み出されるものだ-というのが私の持論である。幼年時において、どれほど強い情動体験(特に性本能、好奇心、作成本能など快感を伴う体験)を持ったかにより、その人のSF性が形成される。幼年時のそのような体験こそ原センス・オブ・ワンダーなのだ。やがて、彼は成長し図書館の書架にSFを見つける。ページを開けた時、そこにあるものは、幼少時の原センス・オブ・ワンダーの残り香だ。もはや意識下に沈溺した情動体験の快感がSFを読む(SF映画を観る)ことでよみがえる。以来彼はSF中毒にかかるという筋書きだ。当然ながら原SF体験を持たない人間には、SFの本当の味はわからない。以上のようなシーンは、吾妻ひでおの『私はこうしてSFした』にも見られるが、SFとしての第二の出会いは、誰の場合もよく似ている。吾妻ひでおがSFをエス子ちゃん、エフ子ちゃんという少女に変身させ、貸本屋で密会するシーンは象徴的で、SFの本質をよく表している。このようなSF作家の懐古癖はべつにオールディスだけに限らない。何より少年を描くことに秀でた作家レイ・ブラッドベリも好奇心こそSFの原動力だと知らしめてくれた。『ロリータ』の原作者、最も「記憶」に執着したV・ナボコフは、逆にSFを書くことで、記憶とSFの相関性を暴露した。
ロリータ・コンプレックスの原因が、私たちの少年期の異性体験にあることは明らかだ。(アナベルがいなければ、ロリータも生まれなかった)少女愛好家は、少年時の恋愛対象だった少女(個々により若干の年齢差がある)の面影から逃れられないでいる存在である。それは少年時の情動体験のそれだけ強い所有者であることを意味している。この意味でいえば、少女愛好家こそ最もSFを読むのに適したタイプであるという公式が出来上がるのだ。(ホンマかいな)
しかし、実際帝都に蔓延する少女愛好家や美少年愛好家(こっちは女の子だよ、もちろん)の群れを、これだけで説明するわけにはいかない。実際彼らの大半は、純粋な美的観念の所有者というよりはむしろ、現実の異性には手を出しかねてフィルムの世界に身を潜める、二次元コンプレックスであるというのも事実かもしれない。コンクリートに囲まれた都会の子供は、一体どこにお医者さんごっこの空間を見つけるのだろう。彼らが出会うSFには、私たちのそれと微妙にズレたものであるような気がするのだ。
しかしつらつら思うに、やはりロリコンという呼び名はよろしくないのではないか。今の少女愛好家はあまりに容易にこの言葉を使いすぎると思うのである。こんな差別語を自分にあてはめて納得しているようでは、真の少女愛好家の目覚めは訪れない。いつまでも二次元コンプレックスと混同されているのは、本当の少女愛好家にとって不幸なことではないだろうか。もっと創造性のある行動(ヘンな誤解しないでね)をとることが可能なはずだ。ルイス・キャロル、ポー、ナボコフ……
私たちには偉大な先人がいるのだから。私たちの美意識-クラス写真の数十人の少女の中からひとにぎりのニンフェットを選び出す能力を与えてくれた天に感謝する-は無限に広がっているのだから。

「アニメック 17号」(1981)より

この特集ではこの記事以外には、同じ安座上学による「少女愛好家入門講座 ロリコンに必要な10の基礎知識」や、「クラリスへのラブレター」と題された、カリ城のクラリスが如何に素晴らしいかを綴った記事や、クラリス論、名作アニメやロボットアニメに登場する美少女の紹介、「クラリスマガジン」などの当時の微笑女系同人誌の紹介、高橋康也、吾妻ひでおへのインタビューなどが25ページに渡り特集されている。

Aug 27, 2006 1:07:41 AM |

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» [text]SFとロリコンの関係について from 少女漫画的日常
http://hugo-sb.way-nifty.com/hugo_sb/2006/08/post_19aa.html Hugo Strikes Back!さんのBLOGで紹介されている上記記事が面白かった。 「SFと少女愛好の双曲線」安座上学 少女愛好家(ロリコン)の大衆化の最初の契機を生み出したのはSFファンなのかもしれない。 でもこれ... [Read More]

Tracked on 2006/08/28 21:50:11

Comments

リンク先の記事などもかなり懐かしいです。
掲載されているカットにもはっきりと見覚えが!
もうずいぶん昔の話ですね。

Posted by: ひす | 2006.08.28 05:26 午後

「不思議の国のアリス」の本を集めています…と言うと
「ふ~ん…」と冷たい視線が帰ってきます。(笑)
私は「少女」よりもその周囲の「キ●ガイ」が好きなんですけど。
…それはそれで冷たい視線を向けられそうですが。

「OUT」だったかで内山亜紀のデビュー作(まだ別名だった)を読んだ時
まさかここまでの市場に成長するとは思いませんでした。
どんなに「同好の士」が増えても、罪悪感や“人外”意識を失って欲しくないですね。

まあ、実生活においては10歳の少女もそれが好きな男も周囲にいて欲しくありません。(笑)
そういえば「ジョンベネ事件」はどうなんでしょうね。
私は妄想犯の線が強いような気がしますが。

Posted by: 藁人 | 2006.08.28 11:38 午後

> 「OUT」だったかで内山亜紀のデビュー作(まだ別名だった)を読んだ時

手持ちの「OUT」に内山亜紀の野口正之名義での漫画が掲載されてたのがありますけど、あれがデビュー作なのかな?

内山亜紀の漫画で覚えているのは、気狂いの男が主人公で、宙に浮かぶ、球形の肉の塊に女性器だけがついてる物体の幻覚を見て、それを犯すというもので、後の山本直樹を思わせるちょっと不思議な感覚の短編。

「ジョンベネちゃん事件」は捕まった犯人とされる人物は、どうやら狂言だったみたいですね。

Posted by: Hugo | 2006.08.29 02:05 午後

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