おばちゃまと菊池寛 その2
前回に引き続き、小森和子の自伝、『ながれるままに、愛』より、菊池寛との愛人?時代を抜き書きしてみる。
ある時私が、
「先生、待合って所へ連れてってください」
というと、先生はビックリといった顔つきで、
「きみは待合がどういうところか知ってるの?」
「芸者さんをよんで、踊ったり歌ったり、そしてお料理を食べたりするところでしょう? でも、芸者さんは呼ばなくていいわ」
当時の私は不良処女といわれ、神楽坂のうらぶれた待合で悲惨な処女喪失もしたものの、上等な待合とはそういうところだと想っていた。
「ほんとにきみは変わってるね」
先生は苦笑しながらも、まもなくすてきな待合へ連れてって下さった。
築地の”河庄”という、入口の感じから粋で水にぬれた植込みもきれいな待合だった。庭の見える座敷に落ちつくと、粋な年増の女中さんがきて、ていねいにあいさつした後、
「お食事の前にひと風呂おあびになりますか?」
という。汗ばんでいた私は飛び立つおもいで、
「じゃ、お風呂に入ってこようっと」
といって涼しげなついたてのうしろでスッポンポンになり、用意されたゆかたをはおると、
「先生もこないの?」
と声をかけてお風呂場へ……。でも先生はついにお風呂へはこられなかった。
部屋に戻るとすでにごちそうが並んでいる。
「先生、お待たせしました。さ、早くいただきましょう」
私は次々に運ばれてくるご馳走までスピーディーに平らげたけど、先生はほとんんど手もつけず、いぜん床柱にもたれるようにして庭を見ておられる。何かふきげんそうにも見えた。
私は内心、やっぱり文豪って気むずかしいんだナ……なんて想ったが、さして気にもせず食べつづけた。
やがて果物も出て食事が終わった頃、先生は
「きみねえ……」
と、あらたまったような、しみじみとした口調でいわれた。
「女の子というものはお色気をもっと小出しにするものだよ。そうするほど色っぽいものなんだ。きみみたいにスパスパとやられたんじゃ興ざめだよ。だから風呂へ入る意欲も食欲もなくなった……」
私は、ヘーェ、そういうものかと想いながらも、何か先生にとてもすまない気もした。
またある時、私がまたひと風呂あびてもどってくると、先生はゆかたに着替えたまま柱にもたれて、夕暮れの庭を眺めておられた。
「どうしたの?……お風呂にもいらっしゃらないで……」
私が顔をのぞきこむようにすると、先生はテレくさげに私の顔をさけるようにされたが、その瞬間、私は先生の小さな眼鏡をかけた目が、涙にぬれているように想った。
ハッと胸をつかれて、
「なにか私、また悪いことしたの?……」
と訊いた。すると先生は庭から目をはなさないまま、ポツリといわれた。
「寂しいんだよ……どうしょうもなく、ね……」
なぜ先生が涙までされたのかは、当時の私にはわかるよしもないけど、先生が私などには想いも及ばないような、人生の奥深いものを見つめておられるようで、何かおかしがたい感じがして、私は想わす声をのんでしまった。
随分とあっけらかんとした小森和子であるが、この時、処女を喪失してから1年になるかならないぐらいの頃。ダンスホールで知り合ったボーイフレンドに「処女なんて宝の持ちぐされなんだよ。それにだれも和ちゃんを処女だなんて思ってないよ。どうせそう思われてるんだから……。ぼくとそうなれば、なぜもっと早くにそうしなかったかと、きっと後悔するよ。そのくらい素敵なんだから」と言われて成り行き任せの処女喪失だった。何かここらへんの頭の悪さ加減は昭和初期も今の世も大した違いがないのが可笑しい。この初体験の相手とちょっとゴタゴタあったせいもあって、この後、和子は「もう、毒を喰らわば皿までだわ」という気持ちで、ちょいとイイナと想ってたボーイフレンドたちとセックスにトライするようになり、その中で知り合った一人と無理心中を起こされることになる。
恐らく、そんな事情は露知らない菊池寛としては、水商売でもない素人娘のこの奔放さに呆然としたのではなかろうか?
この項、さらに続く
Feb 27, 2005 10:57:12 PM | Permalink
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Comments
おばちゃまの若いときの写真ってあるんでしょうか?
女の人の生き方は、まいどながらかないませんね。
辛いこともずいぶんあるでしょうが。
Posted by: osa | 2005.02.28 09:42 午前
osaさん、こんにちは。
おばちゃまの若い頃の写真ですが、引用元の『ながれるままに、愛』という本に何枚か掲載されてます。
その3をアップするときに一緒にスキャン画像を転載するつもりですが、正直、あんまり美人じゅあないですね。
Posted by: Hugo | 2005.02.28 12:04 午後