2005.02.28
おばちゃまと菊池寛 その3

長々続けた小森和子、『流れるままに、愛』からの抜書きも今回が最後。
小森和子と菊池寛の関係はそう長くは続かなかった。以下、その顛末を抜書き。
その後も私は菊池先生の好意に甘えっぱなしになっていたが、これは客観的に見れば記者としての仕事の領域をはるかにふみはずしていた。
原稿をもらったら社に持ち帰らなければならないのに、そのまま先生と遊びに行ってしまって、先生の原稿を待ちに待ってる編集部を大さわぎさせたりすることも2度、3度と重なり、私は入社4カ月目、つまり試用期間が終わったところでクビになった。
「それはぼくの責任だよ」
といって、先生は私を映画時代社に紹介してくださった。数寄屋橋ぎわの小さなビルの中にあった映画時代社は、もともとは文芸春秋社から古川縁波さんが主筆で”映画時代”という雑誌を創刊したのだけれど売れゆきが思わしくないので廃刊にしようとしたのを古川緑波さんが、
「ボクがのれんをもらう」
と独立してひきついだものだそうだ。
緑波社長兼編集長以下は岡部竜、今も映画評論家としてご健在のOの両氏に、雑用係の私をいれてもぜんぶで4人という小所帯だった。
「ただでいいからビコを使ってやってくれ」
と菊池先生が緑波氏に頼みこんだこともあってか、私の公式の月給は10円だったけど、あとは先生がおぎなってくださることは、緑波さんもご存知のようだった。
それのみならず、クビになった私が家にいっそう居づらくなったと察してか、先生はご自身の原稿書きの定宿としていらした山形ホテルの部屋を「当座に」と住まわせて下さった。
山形ホテルはいまのホテル・オークラの近くにあって、当時は吉川英治氏や新進の川口松太郎氏も京都から上京された折りや長期執筆には定宿にされていたと聞く。菊池先生の部屋は中央の棟にあり、窓から子供のころにさまざまな想いで長めた山王山も見えて、私にはひとしおなつかしかった。
それにしても20歳かそこいらの小娘がホテル住まいをしながら雑誌社に通うなんて、分不相応という以上にぜいたくなことだった。それをあえてさせてくださった菊池先生を、私は若気の至りとはいえいい気になって裏切る結果にもなってしまった。
そのころの私は、吉田くんという慶応の学生に熱をあげていた。私は菊池先生が大好きだったし、もちろん尊敬もしていたけれど、それは”恋人”とははるかに異質な気持ちだったので、平気でホテルの部屋へも吉田くんやその仲間もよんでダンスしたり騒いだりもした。
そんな時、いちど先生が部屋へこられたことがあったけど、ドアをあけてちょい中をのぞくやすぐに閉めて帰ってしまわれた。
それからまた幾日か後、私は部屋で吉田くんとベッドに入っていた。と、その時誰かがドアをノックした。ルーム・サービスは頼んでないし、もう夜もおそいけど、だれか彼の友達かな?などと想いながら私はドアをあけた。
菊池先生だった!
アッと棒立ちになった私のうしろに、ゆかた姿で立っていた吉田くんも先生は見とどけられたらしく、1瞬何とも悲痛な顔をされるとドアを閉ざされた。
それが菊池先生との最後だった。
この出来事がきっかけで菊池寛は小森和子と縁を切ることになった。その結果、ホテルを出ることになり、家に帰る訳にもいかない和子に、愛人にならないかと声を掛けてきたのが川口松太郎。その話にのった和子は川口松太郎の住む京都へ行くことに。京都では川口の妻と同居という奇妙な生活を送ることになるが、当時の川口松太郎は経済的に逼迫しており(川口松太郎が小森和子に声を掛けたのは女優として売り出そうという魂胆があった)、結局、川口松太郎ともすぐに破局、家に帰る気のない和子は単身神戸に向かい、戦争が始まるまえ其処で過ごすことなるのであった。
写真は昭和2年、府立第三高等女学校を卒業したばかりの17か18歳の頃の小森和子。
Feb 28, 2005 11:50:52 PM | Permalink
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本日の画像

第二次大戦中の戦場の子供達写真。
ルイ・マルの映画、『戦場の小さな天使たち』をちょっと思い出した。皆、飛行機に手を振ってる中、一人だけカメラの方を向いてる子供がナイス。
Feb 28, 2005 7:09:36 PM | Permalink
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『STAYラブリー 少年 1巻』 西炯子
西炯子のSTAYシリーズの最新刊。前作、『双子座の女』が不評だったのか(面白いと思うけど)、それとも望む声が多いのか、三度、山王さんと佐藤くんのお話。今回は新たな男の子とかも登場して、前回に増して、佐藤くん、翻弄され惑わされまくっております。
佐藤くんも山王さんも絵柄がちょっと等身低め丸っこくなった印象。山王さんは相変わらず何処まで計算で何処から素なのか判らない知性派不思議ちゃんぶりで、このシリーズが好きか嫌いかは、結局この山王さんが好きになれるかどうかじゃないかと思う。
今回、新キャラの山王さんの幼馴染で今、佐藤くんの同級生という男の子が出てきて、奇妙な三角関係みたいな感じになっている。この幼馴染君、幼少のみぎりに山王さんにいじめられてたんだけど、山王さんが幼馴染君をいじめてたのは実は好きだったからじゃないか?みたいな匂わせもあったりして、まぁ佐藤くん的には大変な訳で、何か少女漫画っぽい展開も期待できそうなんだけど、多分、西炯子のことだから、山王さんは純粋にいじめると楽しいからいじめてただけ。(でも本当の所はヒ・ミ・ツ)とかそんなオチだと思う。
個人的には山王さん佐藤くんも良いんだけど、他の演劇部の女の子たちの話を描いて欲しかったかも。
Feb 28, 2005 5:34:24 PM | Permalink
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Scott Irvine

Scott Irvine
写真家、Scott IrvineのWEBギャラリー。ちょっとググってみたけど出身地とか良く判りませんでした。
ウチのサイト的には、ムッター博物館の収蔵品写真に注目なんだろうけど、個人的には「natural history」と題された象さんやキリンさん写真が好きだなぁ。
Feb 28, 2005 4:30:58 PM | Permalink
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『レディ・キラーズ』 コーエン兄弟
コーエン兄弟の脚本・演出、トム・ハンクス主演の、1955年の名作「マダムと泥棒」のリメイク。オリジナルの「マダムと泥棒」って俺観たかな? 憶えてない。
オープニングは如何にもコーエン兄弟といった感じで期待を持たせるんだけれど、トム・ハンクスが必要以上な大げさな演技で出てきた辺りから不安感が立ちこめ、カジノ襲撃がバレた辺りで失速。
トム・ハンクスのキャスティングも疑問だけれど、何よりの問題は脚本。ちょっとこれは酷いね、あの『ファーゴ』のコーエン兄弟とは思えない。5人の強盗は教授の出した新聞広告を見て集まったという設定だけど、どう考えても集まったメンバーが新聞読むとは思えないボンクラ揃いだし、E.A.ポーの詩の朗読に感激する南部の黒人のオバチャン連中というのも在り得ない(と言い切って良いのか?)だろう。1955年のイギリスならOKかもしれんけど、現代のアメリカ南部じゃ無理がありすぎだ。
ガウェインがカジノの清掃員を首になりかけるエピソードも不要だし、パンケイクの過敏性の下痢のエピソードも特に効果があったようには思えないし、泥棒が家に居るのにぐっすり眠り込んでる大家のおばちゃんは幾らなんでも無いだろう。
傑作の名高い映画のリメイクで、コーエン兄弟の脚本・演出の映画が、何でこんな出来になるのか本当に不思議。
オリジナルの「マダムと泥棒」が観たくなった。
allcinemaONLINE:レディ・キラーズ
IMDb:The Ladykillers
Feb 28, 2005 2:15:32 PM | Permalink
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買ったもの
一月遅れでの購入。
乱歩全集は刊行順がバラバラなので書店での平積みの時期を逃すと、どれが何時出たものなのかさっぱり判らなくなるので困る。(良く行く紀伊国屋本町店は、次の巻が出るまで平積みしてくれるのでありがたいのだが、この店は当月だけでなく先月刊行分も平積みなんでこれもどっち買ったか判らなくなるんだよねぇ。)
Feb 28, 2005 1:27:42 PM | Permalink
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2005.02.27
おばちゃまと菊池寛 その2
前回に引き続き、小森和子の自伝、『ながれるままに、愛』より、菊池寛との愛人?時代を抜き書きしてみる。
ある時私が、
「先生、待合って所へ連れてってください」
というと、先生はビックリといった顔つきで、
「きみは待合がどういうところか知ってるの?」
「芸者さんをよんで、踊ったり歌ったり、そしてお料理を食べたりするところでしょう? でも、芸者さんは呼ばなくていいわ」
当時の私は不良処女といわれ、神楽坂のうらぶれた待合で悲惨な処女喪失もしたものの、上等な待合とはそういうところだと想っていた。
「ほんとにきみは変わってるね」
先生は苦笑しながらも、まもなくすてきな待合へ連れてって下さった。
築地の”河庄”という、入口の感じから粋で水にぬれた植込みもきれいな待合だった。庭の見える座敷に落ちつくと、粋な年増の女中さんがきて、ていねいにあいさつした後、
「お食事の前にひと風呂おあびになりますか?」
という。汗ばんでいた私は飛び立つおもいで、
「じゃ、お風呂に入ってこようっと」
といって涼しげなついたてのうしろでスッポンポンになり、用意されたゆかたをはおると、
「先生もこないの?」
と声をかけてお風呂場へ……。でも先生はついにお風呂へはこられなかった。
部屋に戻るとすでにごちそうが並んでいる。
「先生、お待たせしました。さ、早くいただきましょう」
私は次々に運ばれてくるご馳走までスピーディーに平らげたけど、先生はほとんんど手もつけず、いぜん床柱にもたれるようにして庭を見ておられる。何かふきげんそうにも見えた。
私は内心、やっぱり文豪って気むずかしいんだナ……なんて想ったが、さして気にもせず食べつづけた。
やがて果物も出て食事が終わった頃、先生は
「きみねえ……」
と、あらたまったような、しみじみとした口調でいわれた。
「女の子というものはお色気をもっと小出しにするものだよ。そうするほど色っぽいものなんだ。きみみたいにスパスパとやられたんじゃ興ざめだよ。だから風呂へ入る意欲も食欲もなくなった……」
私は、ヘーェ、そういうものかと想いながらも、何か先生にとてもすまない気もした。
またある時、私がまたひと風呂あびてもどってくると、先生はゆかたに着替えたまま柱にもたれて、夕暮れの庭を眺めておられた。
「どうしたの?……お風呂にもいらっしゃらないで……」
私が顔をのぞきこむようにすると、先生はテレくさげに私の顔をさけるようにされたが、その瞬間、私は先生の小さな眼鏡をかけた目が、涙にぬれているように想った。
ハッと胸をつかれて、
「なにか私、また悪いことしたの?……」
と訊いた。すると先生は庭から目をはなさないまま、ポツリといわれた。
「寂しいんだよ……どうしょうもなく、ね……」
なぜ先生が涙までされたのかは、当時の私にはわかるよしもないけど、先生が私などには想いも及ばないような、人生の奥深いものを見つめておられるようで、何かおかしがたい感じがして、私は想わす声をのんでしまった。
随分とあっけらかんとした小森和子であるが、この時、処女を喪失してから1年になるかならないぐらいの頃。ダンスホールで知り合ったボーイフレンドに「処女なんて宝の持ちぐされなんだよ。それにだれも和ちゃんを処女だなんて思ってないよ。どうせそう思われてるんだから……。ぼくとそうなれば、なぜもっと早くにそうしなかったかと、きっと後悔するよ。そのくらい素敵なんだから」と言われて成り行き任せの処女喪失だった。何かここらへんの頭の悪さ加減は昭和初期も今の世も大した違いがないのが可笑しい。この初体験の相手とちょっとゴタゴタあったせいもあって、この後、和子は「もう、毒を喰らわば皿までだわ」という気持ちで、ちょいとイイナと想ってたボーイフレンドたちとセックスにトライするようになり、その中で知り合った一人と無理心中を起こされることになる。
恐らく、そんな事情は露知らない菊池寛としては、水商売でもない素人娘のこの奔放さに呆然としたのではなかろうか?
この項、さらに続く
Feb 27, 2005 10:57:12 PM | Permalink
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南方熊楠 アボリジニの幼女婚について
またまた、『南方熊楠 男色談義』より抜書き。 熊楠は本筋勿論面白いんだけど、本筋から逸脱した脱線話に何とも興味深いものが多いんだよなぁ。
スペンサーおよびギレンの『豪州土蕃視察記』に、ある種族には女が少なきより妻を娶る年に達した男も容易に妻を得ず。しかるときは、五、六歳より十歳ぐらいまでの小児を童妻として娶ること多し。これを娶るへい礼より万端(たとえば妻の母とは決して言詞をかわざす、常住坐臥その影を見ることすら避くる)、服忌までも女を娶るとかわることなし。これを娶りてどうするのか知れず。後庭を犯すのかと問うと、そはゆゆしき罪業なりとて戦慄して忌み嫌う。しかる上は、童妻を娶りて何にするか全く解すべからず、と説きある。これは分かり切ったことにて、後庭を犯さねど股間を弄ぶなり。それほどのことに気の付かぬはずなきに、知ってしかして全く知らざるふるをするところが洋人の矯飾に候。
土蕃というのは土着民の意で、豪州土蕃とはオーストラリアのアボリジニのこと。
Feb 27, 2005 6:48:55 PM | Permalink
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南方熊楠 日本の肛門性交について
南方熊楠、『男色談義』より、岩田準一宛の書簡にある、日本における男女間のアナルセックスについての記述。
興味深いので抜書きしておく。
今回拝借の『木芽漬』二の二、媒は去りしむかしの兄分の条に、男猫が男猫を犯して死を致し、死せし猫が人間に生まれて端女郎となり、「悲しいかな因果の引くところとて、大尽の無理所望に遇いて、その後が痔漏となりて程なく身まかる」ことあり。婦女の後庭を犯すことは、これが小生には日本での最も早き記文に候。(『逸著聞集』に、大江為武の娘が情人に酔いて後を犯されかかることあるも、これは明和ごろ山岡明阿の作なれば、はるか後れたり。)当地の芸妓置き屋に久しく役介になりおりし小生知れる老人(中風にて五、六年前死す)七十余歳なりしが、三十歳前後のとき、流浪して伊予道後温泉辺のある遊郭に遊びしに、当地の氏族の娘十八歳とかなるが、芸娼妓の二枚鑑札を受けあり。郷里の人と聞いて一層なつかしく、毎度すきまを見て寛待されしが、ハクサという病気にかかり尋常の情事は成らず、毎度後庭をもってもてなされしに、少しも常法とかわりなかりし由。それには、また、その方訣ありて、彼輩の内に伝授することといいし、と語られし。わずかの金で見受けのできたことなりしも、持ち合わせ乏しくて終にあかぬ別れとなりし、程なく死に失せつらん、と悵恨致しおりたり。こんなことは今もあるものにや。仏国などにはこのこと盛んに行われ、それよりまた黴毒を伝うることもあり、大騒ぎなり。
文中の『木芽漬』は、元禄十六年(1703年)に刊行された漆屋園斎自然坊作の『男色木芽漬』のこと。
<参考>
『男色木芽漬』解説
男色木芽漬
Feb 27, 2005 12:31:43 AM | Permalink
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2005.02.26
おばちゃまと菊池寛
小森和子の自伝、『ながれるままに、愛』より、菊池寛との愛人?時代を抜き書きしてみる。
小森和子が雑誌「婦人公論」の編集部に勤め出したのは1928年(昭和3年)の9月、月給30円で当初4ヶ月は仮採用というものであった。和子18歳の頃である。YWCAで英語の勉強の傍ら、ダンスホールでボーイフレンドと遊びまわっている内に知り合った青年に心中未遂事件を起こされたのをきっかけに、心機一転、自立しようと思い立ち、親交のあった報知新聞記者に就職の斡旋をお願いして、その紹介であった。
当初、受付と電話番が仕事であった小森和子が文豪菊池寛の担当編集になったのは、菊池寛自らの指名であった。ある日、当時社長であった嶋中雄作に呼び出され、菊池寛が原稿取りに小森和子をじきじきに指名してきた。と告げられ、菊池寛の意向に沿う形で入社間もない小森和子が菊池寛の担当編集者として大抜擢されることになったのである。以下、小森和子による菊池寛との回想を抜書き。
当時の文芸春秋社は内幸町の新大阪ビルの中(何階かは忘れたけど)にあった。はじめての時、やや緊張して受付で待っていると、
「やあやあ、きみか?」
というちょっとカン高い声。みると和服の着流しという感じで眼鏡をかけた小柄な中年男性が眼の前にたっていた。
「この人があの有名な菊池寛先生……?」
ちょっとテレくさげだけど、気さくでかわいい感じの人だナ、とも瞬間想った。
「まだ原稿できてないんだよ。きみ、下のレインボーグリルで待っててくれないか。何でも好きなもんでも食べて」
といわれ、そのビルのたしか地下のレインボーグリルで原稿のあがるのを待った。当時そこは作家と編集者の打ち合わせ場所になってたらしく、まもなくボーイさんたちも新顔の私に、
「あの人が犬養健さんだよ」
などといって、テレビなど夢想だにもしなかったその頃、吉川英治氏や、広津和郎、直木三十五、高見順、佐佐木茂索氏など当時の錚々たる作家を教えてくれた。
明治21年(1888年)生まれの菊池先生はじめ今想えばみんな40歳前後の男盛りなのに、当時の私にはいずれも初老男…… つまりおじさんのように見えた。
原稿ができあがると、菊池先生はまだ明るいうちから私を銀座の”サロン春”や”サンスーシー”などというカフェーやバーにつれてゆくのが、いつかならわしのようになっていった。4時か5時ごろは女給さん(今のホステス)たちはまだお化粧の時間だったらしいけど、それでも先生は大人気で、回りに美女が集まった。
飲みものといえば私と同じオレンジジュースだけど、女給さんたちのひとりひとりにたもとからサッと10円札をつかみだして2、3枚ずつパッパとあげる。キャッキャッと歓声をあげる女給さんたち……月給30円の私は心中……あれよ、あれよ……とおどろくばかり!
とにかく菊池先生には大盤振るまいをしているといういやらしい感じなどさらさらなく、もちろん女給さんたちにも何の偏見ももたない先生には、まさに天成の無邪気さが感じられた。
また根岸の競馬場へよく連れていかれた。先生は競馬馬の馬主でもあり、競馬場へいくと特別席みたいなところへ私を連れてゆく、
「きみはここで見てていなさい」
というや私を置き去りにしてどこかへ行かれた。あとで、ご自分の持ち馬が心配でパドックへ見に行かれたとわかったけど。
そのうち見知らぬ男の人がきて、
「これは先生から、あなたのぶん」
といって馬券の束を渡された。私は競馬なんて初めてだから、それを持ってぼんやりレースを見ていると、
「当たった、当たったよ、すごいぞ、きみ」
と先生が心底うれしげな顔……こんな顔みたことない顔くらい……で私のそばにこられた。そして私の馬券が80何円もになったのを知った。
そしてこんな大金を手にしたのも初めてなので、
「これ、本当に私にくださるの?」
ときくと、
「そうだよ、きみの馬券が当たったんだよ」
「!?……」
私の、あまりの喜びようが先生には奇異だったのか? 帰りの車中で先生は私に、
「きみの月給はいくらなの?」
「30円です」
「30円!? それは少なすぎるなあ……」
それからの先生は、ほとんど会うたびにだまってバッグにお札を入れてくださった。そして、
「もっと趣味のいいおしゃれをしなさい」
と私を”オーキ・シルク”という、今の銀座の和光の並びの天賞堂あたりにあった、いろんなシルク生地を売り仕立もする店に連れていってくださった。
そして手早く選ぶと、その左側にあるセキド靴店で靴も選び、同色のバッグもそろえて下さった。
先生はご自分好みのおしゃれをした私を連れて歩くのが楽しみでもあったらしく、またよくこうもいわれた。
「いい趣味のおしゃれをしていれば、くだらん男も近づかないものだ。だから女はおしゃれのしかたもかんじんだ」
そうしたことも私にはなっとくがいくようやさしく教えてくれる菊池先生を、私は良き父親を得たようにも思えて甘えていたようだ。そしてもし先生が私に、男と女の関係を求めてこられたら、すんなりそうしたろとも想う。
でも当時の先生は体調が悪くてそういうことはできなかったのか? よく銀座のブリッツというドイツの薬屋さんに車を止めて何か薬を買われていた……心臓のくすりだ、と聞いたけど、私を抱きしめたり情熱的にキッスすることはあっても、それ以上のことはなさらなかった。
だから私も先生の前ではまるで小娘のように気楽に自由にふるまえた。でも先生とキスすると、入れ歯の独特な臭いが気になった。少女の頃から親に叱られてもトイレなどにかくれてタバコをすい続けていたので、タバコの匂いは気にならないのだけど、入れ歯や口臭をとくに気にする私には、歓迎できなかった。それに当時の総入れ歯はいまほど技術が進歩していなかったからか、キスしているとグラグラ。いつ落ちるかとハラハラしたのもおぼえている。
カフェーでの菊池寛の下品な振舞いは「カフェーと菊池寛」でも取り上げたけど、ここでも相変わらず。あと、菊池寛は40でもう総入れ歯だったのか。
参考:小森和子のはなし
小森和子と菊池寛のこの項、まだ続く。
Feb 26, 2005 8:46:32 PM | Permalink
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2005.02.25
本日の画像

本日の画像は、ドラッグに溺れた二人の売春婦の変貌写真。時系列は左から右。
下段の人の痩せ衰え方が凄い。
映画、『レクイエム・フォー・ドリーム』のエレン・バースティンを思い出すね。
Feb 25, 2005 7:09:45 PM | Permalink
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世界の宗教芸術ギャラリー

Religions Art Gallery
『World Religions and 101 Cults』のコンテンツ。
キリスト教やイスラム教を始めとする様々な宗教絵画・宗教芸術のギャラリー&リンク集。
上図は、こんなもんあるんだ。と吃驚した中華風キリスト教絵画。すげー興味深い。この中華風キリスト教絵画について調べてみたいのだけれど、何処かに手がかりのようなものはないものだろうか?
あと、黒人として描かれたキリストやマリアの絵などもなかなか興味深い。
Feb 25, 2005 6:28:16 PM | Permalink
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Steven Kenny

Steven Kenny
アメリカの画家、Steven KennyのWEBギャラリー。
植物や動物などと融合する人体のモチーフが面白い。
Feb 25, 2005 6:14:43 PM | Permalink
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grivina + ILLUSTRATIONS

grivina + ILLUSTRATIONS
毎度まいど素敵な写真や絵を紹介してくれている『カッシーニでの昼食』で知って、あまりにキュート過ぎるんでウチでも紹介せずに居られない、ロシアのイラストレータ&デザイナー、grivinaのWEBギャラリー
Feb 25, 2005 6:05:14 PM | Permalink
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2005.02.24
本日の画像

本日の画像は、20世紀初頭の犬と幼い姉妹の記念写真。
ちょっとピントが甘いんだけど両端の女の子の表情がとても良い。
Feb 24, 2005 8:33:35 PM | Permalink
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騙し絵
Feb 24, 2005 8:27:19 PM | Permalink
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『ホームメイド 1巻』 谷川史子
絵が好みなのと、あちこちで評判が良いみたいなんで買ってみた。谷川史子という人の漫画はこれが初めて。
父親は不在がち、母親はボーイズラブな漫画家でかなり傍若無人な性格、そういう両親の元、家事全般に頑張る一人娘、日和子さん。この家族を中心とした連作短編で、番外編なのか過去に遡ったエピソードとかもあって、時代を超えてこの家族について眺めるという感じのお話。
最初カバー絵の女性がお母さんかと思ったら娘さんであった。
面白いと思ったし、基本的にこういうお話は大好きなんだけど、ちょっと物足りない感じがするかなぁ。お母さんのキャラクターが割りとアリガチなんで、もうちょっとキツめの性格にして母娘の確執のようなものを見せた方が良かったんじゃないかなぁ。なんか娘さんが一人ですねてるだけのように見えるのな。
ああ、なんかこういう話を知ってる。と思ったら「Air」の母娘の関係とちょい似てるのな。
とりあえず続巻に期待。
Feb 24, 2005 4:05:12 PM | Permalink
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Gorilla Cover Gallery

Gorilla Cover Gallery
『Comic Book Gorillarama』のコンテンツ。
あまたあるアメコミの中から、ゴリラが描かれたものだけを集めた表紙コレクション。
こういうテーマの絞ったコレクションは面白いね。ただ、やはりというか「猿の惑星」が多いのはご愛嬌。
大元のサイト自体も、アメコミに登場する様々なゴリラに関する情報が満載で素晴らしい。
Feb 24, 2005 1:55:01 PM | Permalink
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買ったもの
昼休み、例によって天牛書店にていろいろ物色。
『最悪のはじまり』は今度、ジム・キャリーの出演で映画化された『世にも不幸なできごと』の第1巻。
『ヒットラーのむすめ』は先日、『戦慄らいぶらりぃ』さんで紹介されてて気になってた児童書。
どちらも紀伊国屋本町店には売っておらず探してた本なんで、480円均一の棚に見つけたときは思わず鼻の穴も膨らむ思いでしたねぇ。
残りはついでみたいなもんだな。吉田健一の『私の食物誌』は以前に買ったような気もするんだが、買ってない気もするのでとりあえず買った。昼飯前に行ったので腹が減ってて、何か食べ物の本が読みたかったんだな。
Feb 24, 2005 1:04:20 PM | Permalink
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タンポンつき生理用ナプキン
Feb 24, 2005 10:38:36 AM | Permalink
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2005.02.23
買ったもの
若衆に関する本だけど、男色ではなしに、江戸の女の若衆好みに注目したというのが面白い本。
まだ読みかけなんだけ、論拠の殆どが浮世絵の表現に拠っていて、浮世絵の描かれている世界が必ずしも嘘とは思わないけれど、同時に真実ともいえない訳で、ちょっと内容的には割り引いて考える必要があるかも。
挿絵が豊富なんだけど、最近の浮世絵本って無修正なんだよね。まったくもって良い時代。
話しは全然変わるけど、誰か「稚児草紙」が掲載されてる本知りません?
Feb 23, 2005 10:55:54 PM | Permalink
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書籍と裸婦

Naked Librarians(18禁)
書籍や図書館とヌードの組み合わせフェチサイト。
本も裸のお姉ちゃんも好きだが、この二つを組み合わせるという感覚はちと判らない。
リンクページにあるエロ写真はともかくトップページのイラストは蔵書票なのかな? こういうのは良い。
Feb 23, 2005 7:01:43 PM | Permalink
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本日の画像

アメリカの古い絵はがきより、ロバに運ばれる女の子達絵。
ロバの絵と稚拙な女の子のコラージュが良い感じ。
Feb 23, 2005 6:47:45 PM | Permalink
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『鋼鉄のガールフレンド2nd 4巻』 林ふみの
これにて第一部完とのこと。
3巻まではあまり気にならなかったけど、戦闘シーンを始めとする状況の見せ方の稚拙さが如実に現れていて、結局何がなんだか判らないままの第一部完という印象。ラブコメ的な部分に関しては普通に描けているのだから、やっぱりネルフとか出すのを止めて純粋なラブコメにしてしまえば良かったのに。と結局は何時もの感想に落ち着くのであるな。余計なエピソードが入った分、ラブコメ要素もちょっと物足りない感じだし。
でも、まぁ僕はアスカ好きですから、アスカがハッピーエンドだったから、もう細かいところはどうでも良いです。
Feb 23, 2005 4:04:08 PM | Permalink
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WEBで見かけた気になる本
Feb 23, 2005 2:05:41 PM | Permalink
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2005.02.22
日記

本日の画像は出所不明のセクシー幼女写真。床にちらばった食い散らかしを何とかして欲しい。
今日はプログラムのバグに苦しむ日で、今現在進行形で悩み中。受信したメールを.forwardファイルで指定したフィルタプログラムで処理するだけなんだけど何故か上手く動かない。フィルタプログラム単体では問題なく動作しているから、設定まわりだと思うんだけど、てんぱって視野狭窄になってるのか原因の見当がつかない。
Feb 22, 2005 8:23:20 PM | Permalink
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Cabbage Patch Baby
Feb 22, 2005 5:58:05 PM | Permalink
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70年代映画の漫画化作品

70's Movie Manga!
『JAPATTACK』のコンテンツ。
70年代映画の漫画化作品についてのページ。
「狼たちの午後」とか「パニック・イン・スタジアム」が漫画化されていたとは吃驚!!
「ダーティハリー2」なんかすがやみつるですよ。
Feb 22, 2005 5:39:59 PM | Permalink
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EVERYONE POOPS

EVERYONE POOPS
『retro randy』っていうブログの記事だけど、五味太郎の『みんなうんち』という絵本の英語版の内容をまんま掲載している。
著作権的に問題有りな気がするので直ぐに消えてしまうかもしれないが、Love&Poopsな絵本の内容は良い。
日本語のオリジナルは福音館書店から出ている。
Feb 22, 2005 1:52:58 PM | Permalink
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『からくりサーカス 36巻』 藤田和日郎
黒賀村から舞台はアメリカ、鳴海たちの話へシフト。
サンデーで毎週読んでる分には気にならないけど、単行本で読むとちょっとテンポが悪いような気がする。
でも、このゾナハ病を抑える機械のエピソードがないと、ゾナハ病に対して決着を付けれないのと、あと、阿紫花やジョージの見せ場を作る必要もあるしね、仕方あるまい。
鳴海とギィの対立が示されたわけだけど、鳴海の記憶が戻って、エレオノールや勝のことを思い出した後、鳴海がどう行動するのかが見ものだなぁ。
Feb 22, 2005 1:29:18 PM | Permalink
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『てるてる×少年 10巻』 高尾滋
お話はクライマックス。雑誌の連載の方は既に終了しており、次の11巻で完結だそうです。
という訳でこの10巻では、最終回に向けて複線の回収やら謎の解明やら人間関係の整頓とか大忙しの駆け足展開で、読んでてあれあれあれという間に話は進んで、何時もに比べて紫信と才蔵の萌え成分が控えめなのがちと寂しい。
是非、次巻では紫信の最高の笑顔で終わらせてもらいたいものですな。
Feb 22, 2005 1:18:28 PM | Permalink
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『天人唐草―自選作品集』 山岸凉子
以前、映画『ピアニスト』のコメントでべあさんが紹介してくれた、山岸涼子の短編集。ブックオフで105円で入手。
表題作は封建的で厳格な父親に育てられた娘が、その抑圧から人格形成に失敗し、最後にはレイプされたショックで発狂してしまう。というお話。確かに、『ピアニスト』にちょっと似ている。
ただ、「天人唐草」の場合、父親は確かに前時代的な観念に囚われた人なんだけど、でもまぁ常軌を逸しているという程ではない。ちょっと独善的な古臭いオヤジといった程度。だから主人公の異常なまでの過敏さ、脆弱さと、現実逃避のみが目に付く。クールなナレーション?もその印象を補強していて、作者の主人公に対する憐憫が全く感じられない。ひとえにこの物語で悪であるのは主人公の弱さであり、そこに何の肯定も救いも提供しないのは凄いなと思う。お話も怖いが、ここまで突き放した漫画を描く山岸涼子の方が怖い。
この作品集には初出の記載がないので、何年ぐらいの作品かは定かではないのだけれど、70年代後半から80年代ぐらいにかけての作品だろうか? 絵柄的なものも含めて、確かに時代的なものを感じさせる部分はある。収録作の「ハーピー」などは今の目で見るとちょっと辛いなと思う。でも、全体として十分に今でも読める作品集だった。
Feb 22, 2005 12:00:22 PM | Permalink
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2005.02.21
若道心得のこと
まだ読みかけなんだけど、『南方熊楠 男色談義』の中で、熊楠が岩田準一への手紙の中で抜書きしている男色の若衆向けの心得を記した文章が面白いのでちょっと長いけれど抜書きしておく。
もともとは題号なしの百人一首体の江戸時代の絵本の中の一文とのこと。
若道心得のこと。それは衆道は女色に異なりて意気地ばかりの念頃なるゆえ、僧俗とも兄分たる人かり初のことに思うべき道にあらず。兄分よりいささかことに悋気がましくせかせかいえば、若衆の心いつとなく疎略になるなり。男色に徒の密夫のということなし。若衆たる人、女に心を掛くることは沙汰の限りなり。これより外には、女のごとくあれにもこれにもと心多く念頃するものにあらず。兄分一人さえ窮屈なるに、何のよきことありて外の者とうしろ闇きことあるべきや。ここをよく弁うべし。また遊山参会などの人多き出会いのとき、わが若衆を他人にひけらかし、顔にびろびろと舞わしたまうべからず。若衆大いに気の毒がるものなり。また、この道に心なき人もこれみよがしの振舞いにくき仕方と力み出でて貰いかけなどすることあれば、大いに災いを招くことなり。よくよく慎み第一なり。
さて床入りの心得は、とかく荒気の振舞いあるべからず。ことに十四、五歳の少人はおいど痛むことをいやがるものなり。このときは、山椒の粉を少し唾気にて穴にさし込みたまうべし。しきりと痒み出づるなり。その時そろそろとあしらいて行うべし。痒みに引かれてその痛さをこらえるものなり。さてまた若衆の心得あり。欲深く物欲しがりて、女にほれるとなりあうたびごとに何のかのと無心いう若衆は、悋気強き山の神よりはうるさく、三年の恋もさむることなり。よくよく慎み第一なり。また女を尻目に見て下女、腰元などを、人なき所と思い手をにぎり尻をつめるなどのこと、ちらりとみても念者のあいそ尽くるものなり。若衆たる人、前髪取らざるうちは女と一所におらず、女の手より物を取らぬというほどに嗜まざれば風情なし。さてまたずいぶん手まめに湯を使い洗いみがきをもっぱらとし、口中の掃除たびたびしげくあるべし。臭き物の類食うべからず。また外郎万金丹などの匂いはけやけきなり。ただ何の移りもなく息の臭からぬよう専一なり。久しく物いわず、書物などを見、手習いのあげくなど、むつかしくとも心得たまうべし。身は少し伊達なるがよし。治郎若衆ははでなるほどがよかるべし。常に行儀を嗜み、立振舞い静かに、諸芸も少しは心がけ、酒は小盃に二つ三つまではよし、大酒は興のさむることなれ。その外何にても花車(きゃしゃ)なることは心掛けたまうべし。荒男の所作、下様の者の振舞いかたく遠ざけ、夢にも知らぬがよし。
さて床入り前には雪隠にゆき、穴につわをぬり内までよくぬらし、さて出でて手洗い、きる物をふるいて雪隠の移り香せぬようにし、口中をうがいし、海中の海羅丸を取り出してよくかみしたし、念者に見せぬように肛門にも兄分の一物にも塗るべし。さて床の内にて向かい合いて臥し、兄分の顔を把えて口を吸い、その後帯解きて後ろ向きになりたる時、右の丸薬を用うるなり。兄分の鼻息の荒くなりたる時、顔をねじ向けて口を吸わすれば、兄分気を早くやるものなり。さて、とくとしまわせて、片手に揉んだる紙をもち静かに兄分の一物を拭い、その紙をわが肛門にあて、しばらく噺などして、その後静かに床を出でて帯をすべし。兄分の側にて前を合わすれば、すそのひらめきにて悪しき香などすれば、愛憎つきるものなり。さて、それより雪隠へ行くべし。兄分のしこみたる淫水を下すべし。無性を構えてそのままにおれば痔を煩うものなり。淫水滞りあれば、若衆のため毒となるなり。必ず必ず早々下すべし。雪隠は近き処へはゆくべからず。淫水を下す音びちびちとなることははなはだおびただしく聞こゆるものなれば、程遠き雪隠に行くべし。
海羅丸の方。ふのりをよく煮て絹漉しにし、杉原紙を引きさき、これにふのりをしたし、大豆ほどに丸じ、日によく干し、よく乾きたる時、印籠または紙入れなどの入れて懐中し、入用の時使い様右に述ぶるごとし。この薬男色ばかりに用うるにあらず、新開をわるにも便りあるなり。
最後の方、ことの済んだ後、便所に行って精液を出さないと痔になっちゃうよ。その時、びちびちと大きな音がするから近くの便所に行っちゃ駄目だよ。というのが、なんかな生々しくて良いなぁ。
Feb 21, 2005 11:21:03 PM | Permalink
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日記

本日の画像は出所不明(20世紀初頭のフランスのグラビア誌?)の、イタズラなキューピッドとお姉さんのスパンキング画像。
今日は、何の因果か以前勤めていた会社の営業と京橋はIMPビルへ打ち合わせに。プログラム開発の外注の件で行ったら、その話は知らぬ内に流れて、別件のもうちょっと規模の大きいシステムのSEを出来ないか?との話。
受ければ一月ぐらいは受注もとのシステム部門に常勤しなくちゃならないんで、ウチで受けるのはまず無理。
ニュース記事のクリッピングに今まで「紙2001」というフリーウェアを使ってたんだけど、ここんとこ調子が悪く、2回に1回ぐらいの割合でハングアップするようになって困っていた。一時、会社でも自宅でも更新・閲覧できるということで、はてなダイアリーに記事をクリッピングしたりしてたんだけど、これはどうも面倒で長続きしなかった。
しかたねぇなぁという感じで、「紙2001」の製品版である「紙copi」をインストールしてみたら、「紙2001」のようにハングアップすることはなくなった。画像もちゃんと取り込めるのも良い。でも、これだと今まで同様、仕事場と自宅でデータを共有することが出来ないんだよなぁ。とりあえず今、お試し期間で利用中だけど、レジストするかどうか悩むところ……
参考:Kamilabo.jp
はてなブックマークは700強ほどエントリしたけど、全然使えない感が日増しに強くなる。やっぱ、del.icio.usに移行した方が良いかも。でも、登録しなおすのが面倒。
Feb 21, 2005 7:25:21 PM | Permalink
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The Yoni Endeavor

The Yoni Endeavor
Yoni(サンスクリット語でオマンコを意味する語)をモチーフとした彫像、デジタルアート、ポエムなどのWEBギャラリー。
まぁ、ありがちといえばありがち。つーか、あまり面白いものではないなぁ。
寧ろこちらぐらい直接的にやったほうが面白いかも。
Celebrating Yoni(激しく18禁)
芸術的とういか造形的にはマンコよりチンコの方が圧倒的に面白いよなぁ。フェミニストに言わせるならば、こういう感覚すらもジェンダーに囚われたものとか言われるかもしれんけど。
Feb 21, 2005 5:46:52 PM | Permalink
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Phallus Gallery

Phallus Gallery
ポンペイ遺跡から発掘されたチンコ像やチンコ絵などのギャラリー。
ビアズリーの「女の平和」の挿絵とかにみられる巨大なチンコのイメージは、浮世絵の影響と思って(構図など技法的な部分ではビアズリーは浮世絵の影響が大きい)たんだけど、これみるとギリシア美術に源泉があると考えるべきなんだろうな。ギリシア喜劇だし……
追記
ちょっと指摘を受けたので訂正。ポンペイはローマ時代の遺跡ですね。
それは知っていたのですが、ポンペイ遺跡のセクシャルな絵や彫塑はギリシア文化の影響が強い所為だと勝手に思い込んでいたので上のように書いたのですが、なんか思い違いみたいでした。調子乗って適当なこと書くと馬鹿が露見するという良い見本です。
とりあえず誤謬は過去記事や将来書くであろう記事も含めて多数あると思うので、気付かれた方は指摘して下さるとありがたいです。
Feb 21, 2005 1:09:43 PM | Permalink
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ロサンジェルス市消防署の歴史

Los Angeles Fire Department Historical Archive
ロサンジェルス市消防署の歴史をまとめたサイト。
フォトギャラリーに19世紀末から20世紀にかけての古い消防車の写真が沢山。
Feb 21, 2005 11:52:46 AM | Permalink
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『アマリリス 4巻』 岩館真理子
面白いなぁ。
この漫画の凄いというか、面白いというか、独特なところは、主要な登場人物のすべてが天然ボケでツッコミが不在のところ。互いに好きあってることはばればれなのに、ボケにボケを重ねていくことですれ違いつづける二人。さらに美ヶ原桜子とか何故か3頭身キャラのちびまろくんとか新たに登場してきた人もあって、話はますます錯綜というか、いったいこの先どういう風に転がしたいのか?
ぼんくらぞろいの中で健気に頑張る花屋のバイトの女の子が良いなぁ。
Feb 21, 2005 12:19:39 AM | Permalink
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『ナックルボンバー学園 1巻』 川島よしお
川島よしおは結構好き。
ところでこの漫画、1巻となってるんだけど、2巻は出てるんだろうか?
川島よしおって、川島芳子からきてるのかな?
Feb 21, 2005 12:04:31 AM | Permalink
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2005.02.20
『ノー・マンズ・ランド』 ダニス・タノヴィッチ
DISCASによるレンタルで視聴。
ボスニア紛争で、ボスニア側とセルビア側が対立する中間地帯に孤立したボスニア、セルビア両軍の兵士3人。おまけにボスニアの兵士一人の背中には対人地雷が埋められており動けばドカン。という現実にはあり得そうにない特殊条件下での戦争映画。
前半はこの特殊な環境下におけるボスニア軍兵士チキと、セルビア軍兵士ニノとの対立と交流をコミカルに描き、後半は彼らを救出しようとする国連軍やマスコミも絡んでややシリアス目な展開。そしてラストはかなりブラックなオチ。
『プライベート・ライアン』や『ブラックホーク・ダウン』はその戦闘描写で新しい戦争映画のスタイルを作ったといえるけど、この映画はそれとはまるっきり正反対の方向で、とても現代的な戦争映画として成立させているように思った。対立している勢力が狭い環境に閉じ込められるという構成自体はとりたてて珍しいものでもないけれど、ハリウッド的な映画であれば必ずそうなるであろう、ボスニア軍兵士とセルビア軍兵士との間に生まれる友情などのようなものは、この映画では描かれない。ストックホルム症候群的な友情のようなものは芽生えそうになるが最終的には決裂してしまう。また、3人を救出に向かう国連軍はあまりに無能で無力だし、この出来事を報道しようとするマスコミもそうである。一言でこの映画のテーマを表すとすれば、それは「どうしようもない」だと思う。ボスニアとセルビアの対立も、紛争に直接介入できず傍観するだけの国連も、真実を報道することのないマスコミも、そして背中の下に地雷を埋められた兵士の運命も、もうどうしようもないのである。
とても面白い映画だし傑作だと思うけど、国連軍の司令官の秘書が無意味にエロイという設定は(国連軍の体質を批判しているであろうが)悪趣味だなと思った。
allcinema ONLINE:ノー・マンズ・ランド
IMDb:No Man's Land
Feb 20, 2005 12:57:10 AM | Permalink
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2005.02.19
未来派の夕べ

引き続き未来派の話。
未来派の中心人物、マリネッティは大衆を侮蔑し、また即興やその場で成否が判明したり、或いは客に野次られたり、乱闘となることを好んだので、文学や演劇を重視していた。未来派の傾向として理屈優先で技術が伴わないというのがあるんだけど(余談だけど、技術が伴わないという話の一つの例として未来派の画家たちのこんなエピソードがある。イタリアのミラノは芸術的には僻地であり当時流行していたキュビズムを彼らはまったく知らなかった。マリネッティはパリで大規模な未来派展覧会を開く準備をしていたが、一足先にパリでキュビズムを知ったセヴェリーニは自分たちの絵画技法が如何に時代遅れであるか実感し、このまま展覧会を開けばパリ市民たちの笑いものになると警告した。そこでマリネッティは自ら出資してボッチョーニ、カッラ、ルッソロの三人を急遽パリに行かせ、そこで彼らはキュビズムの技法を自らの絵画技法に取り込んだ。というかパクって何とか数ヵ月後の展覧会にモダンな絵を間に合わせたのだった。未来派の絵画や彫刻がキュビズムの影響が強いのにはその為。)、こと演劇に関しては理論よりも実践の方が先行して存在した。(「未来主義文学技法宣言」が発表されたのは1912年5月11日、「未来主義劇作家宣言」が1911年の発表)
1910年1月12日、オーストリア占領下のトリエステで第1回の「未来派の夕べ」と題された公演が行われた。
この「未来派の夕べ」と題されたイヴェントは宣言や詩の朗読、演劇的間奏、そして何よりも重要な徹底的なまでの観客への挑発で構成されており、「夕べ」の成功は客からの罵声の量で測られた。これはマリネッティが嫌っていた陰気な伝統的演劇に対する、全く新しい演劇の提供で、マリネッティは伝統的演劇に対して次のようなことまで言っている。
我々は、今日の演劇に対して根深い嫌悪を抱いている。それは歴史的な再構成(ごたまぜか剽窃)と、日常生活の写真的な再現との間を、愚かに揺れ動いているだけだ。狭小で、緩慢で、分析的で、薄弱な演劇であり、せいぜい石油ランプの時代にお似合いの代物だ。
「第1回 未来派の夕べ」は乱闘で幕を下ろした。しかし、これは失敗ではなく未来主義者たちからすれば大成功であった。彼らにとっては観客との間に騒乱を起こすことが目的であったのである。この成功をもとに「未来派の夕べ」は各地で公演されることになる。
彼らは新作の公演が決まると「下剤の安売りの宣伝文句」のような広告をうち、公演の行われる街では起こる出あろう騒乱のために緊張感が広まった。近所の市場では舞台に投げつける為の野菜が飛ぶように売れ、未来主義者たちは開演前から騒動がおきるように意図的にチケットの二重売りを行った。
1910年2月にミラノで行われた公演の様子をマリネッティはこう記している。
一階座席は超平和主義者のまじめくさった保守主義者で、天井桟敷は恐ろしいダムの水のようにどよめく労働者で、超満員だった!
この時の公演でマリネッティは「世界唯一の健康法、戦争よ永遠なれ!」と叫び、聴衆の怒りは爆発、マリネッティはその場で逮捕されることとなった。また、もっとも騒がしい「夕べ」の一つであった、1913年12月12日、フィレンツェでの公演では、幕の開く前からスパゲッティや野菜が宙に舞い、マリネッティが演説を始めるとそれはさらに酷くなった。客が投げたジャガイモの一つがマリネッティの目にまともに当たり、カッラはそれをみて客席に「ジャガイモの代わりに、アイデアを投げろ、馬鹿どもめ」と叫んだ。それで客席は一瞬静けさを取り戻したものの、マリネッティが詩の朗読を始め、ちょうど「自分の寺に咲いた赤い花とともに死ぬのは、何と美しいことか」というところで、聴衆の一人が彼にピストルを差し出し、「いいぞ、自殺しろ」と言った。すると、マリネッティはこれに、「私に鉛の玉が似合うとすれば、おまえには犬の糞がお似合いだ」と応酬した。続いて、カッラやボッチョーニが演説し、最後に再びマリネッティの演説で幕を閉めたが、最後はやっぱり大乱闘で、この時は劇場内では収まらず街路にまでその騒動は広まり、未来主義者たちは全員警察に連行される羽目になった。このとき、警察署長はこう言った。「いったい誰のために、あんたたちはこんなことをするのかね?」
まぁ、こういうのをラディカルというのだろうね。
画像はウンベルト・ボッチョーニの「未来派の夕べ」を描いた戯画、1911年。
Feb 19, 2005 11:38:51 PM | Permalink
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未来派料理宣言
20世紀初頭、イタリアの詩人、マリネッティらが提唱した未来派は詩や絵画、彫刻、写真、音楽、演劇からは果ては建築にいたる総合芸術運動として発展したが、未来派料理を出す、未来派レストランがフランスに存在したとは知らなかった。
1913年8月、パリ十四区のジョルジュ・サシェ通り九番地に、ジュール・マンカーヴが未来派レストランを開業。マンカーヴはマリネッティを始めとする未来派の芸術家がそうしたように、未来派料理の為の宣言文を発表した。「未来派料理宣言」である。
調理場よ、悪臭漂う牢獄、腐肉に満ちた穴倉よ、不潔きわまるルーが仕込まれる怪しげな悪の温床にして、素性の知れぬ悪党どもさえ吐き気を催す臭い食い物をこねくり回す、悪臭芬々たる洞穴よ。その食い物が、毎日決まった時間に大口開けて、決して満たされぬ食欲を少しでも癒したいと願う何千という人間たちにあてがわれる。大昔から人間、ああ、獣というべき人間どもは食い物を必要としてきたのだ。『まだ食べていない』などと言いながら。
人間には生来味覚というものがあり、口にはその充分なる力がある。それを押さえつけ、駄目にしようと躍起になっている輩がいる。無知蒙昧なだけでなく卑劣なあたまの輩。シェフなどと大仰な呼び名をつけて恬として恥じず、その名の効験に胡坐をかいている輩。奴らのせいで、本来最も強烈な喜びの中心たるべき口が単なる咀嚼器官に成り下がっている。
食事の妙なる快楽のためにある口がごみ箱になっているという事実。
延々と続いてきたこの状況、人間を反芻動物の程度にまで貶めかねないそうした状況を変える時が到来したのである。我々は、快適な現代生活と最新の科学理論に合致した料理をこそ作りたいと願うものである。
あらゆる芸術のなかで料理芸術のみが原始の動物的状態にとどまっている。我々は『新に新しい』料理を渇望する。恥知らずにも厚化粧した料理が食卓を飾っている。滑稽なわざとらしい名称が違うだけであり、料理自体には何の変化もない。
料理芸術を革新するのは未来派の役割である。未来派は自由な翼で世界を飛翔したあと、今や地上に降り立って、実際生活に関わらんとする。大袈裟な言い方を敢えてすれば、人間に関わるものは未来派にとって無縁ではあり得ない。未来派は人間や思想を動かすわけではない。未来派は物事を変えてゆくのである。
口は肉体の本質的部分である。エネルギーの元となる滋養はすべて口を通して体内に入ってくる。未来派は、拝金主義者どもの唾棄すべき攻撃から口を守りたいと強く願うものである。シェフであれ見習いであれ恥知らずなペテン師には変わりない。お前たちの白い制服はそのままお前たちの屍衣になるであろう。
お前たちの巣窟に我々の太陽の光を射し込んでやる。さすれば闇も晴れるであろう。
食器戸棚をひっくり返し、竈を逆さにしてやろう。お前たちのペストのような練り粉だの膿の入った酒瓶だのはどぶに捨ててやろうではないか。
現今の調理法は愚かしく、あまりに決まり切ったものばかりである。それらは非合理的な原則に則っているに過ぎない。未来派の料理は、奴隷のような教本通りの料理法を一掃し。現代の料理が拠って立つおぞましい二つの砦を開放するために闘う。二つの砦とはすなわち、メランジュとアロームにほからなない。
メランジュ
伝統的料理はある種のメランジュを排す一方で、別のメランジュは推奨する。この相違はなぜか。謎である。
酢と油を混ぜるのは伝統的ソースの一つであるのに、たとえば豚の肉汁にラム酒を混ぜるのはとんでもないこととみなされる。だが、何を躊躇することがあろう。未来派の料理は、現在のところはなぜか慎重に峻別されている食品と飲み物を融合させることを目的とする。そうした不意の出会いによって、今まで人間が知らなかった味覚が生まれるのだ。
アローム
料理の味付けは滑稽なほどに限定されている。月桂樹やパセリ、タイムやシプールやエシャーロットといったところだ。しかし現代科学の進歩は無害の香料を料理に使用することを可能にした。薔薇、鈴蘭、リラ、熊葛ならびそれらの混合などである。同じように、リキュールや果汁も如何なる料理の組み合わせにも使えるし、またそうしなくてはならない。
飲み物
未来派の料理は葡萄酒が何が何でもいけないと言っているのではない。食卓にあらゆる花や果物のエッセンスを揃えることを要求するのみである。さすれば食事をする人は自分の好みに合わせたアロームで水を割ることができる。どのアロームを摂るべきかは未来派の料理の関知するところではない。
つまるところ、我々は仕事場を現代の建物のなかに作りたいのである。料理が薄暗い地下室でなされることは絶対に認めない。我々は未来派の料理人は光と大気と空が大切であると考え、それらを必要とする。それゆえ、われわれは、調理場を芸術家のアトリエのように家に合わせて作りたいと考える。
空というのは食品の構成を考えるときに無視してはならない要求である。同様に、昼に作ったほうがいい料理もあれば、夜明けや黄昏の光のなかで作ったほうがよいものもある。未来派の料理に時間はきわめて大切なものである。
未来派料理人 ジュール・マンカーヴ
十四区ジョルジュ・サシェ通り九番地
「メランジュ」とは混ぜ合わせること、「アローム」とは香りのこと。また、マンカーヴの得意料理は「ファンタジオ」風牛肉のヒレ肉料理だったそうだ。
『悪食大全』 ロミ著より
Feb 19, 2005 12:09:25 AM | Permalink
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2005.02.18
日記

本日の画像は、20世紀初頭のシンガポールの日本人娼婦写真。いわゆる唐ゆきさん。
昨日は久しぶりに宅配ピザ。ハラペーニョをトッピングした激辛の奴を食す。これ美味しいんだけど、必ずといって良いぐらい次の日に腹具合が悪くなるのが困る。でも美味しいから食べるのだけど。
しかしもう週末だ。一週間が早いなぁ。
五十嵐大介の『魔女』の2巻発売に合わせて配布された小冊子。近所の本屋で買ったから貰えなかったんだけど、2ちゃんねるの漫画板の五十嵐大介スレッドで、スキャンしたものをアップしてる人が居て、とりあえず内容を知ることができた。小田扉の絵が微妙に五十嵐大介のマネッこなんだけどやっぱり小田扉という感じで良い。つーか、発売日にわんだーらんど行けば良かった……
Feb 18, 2005 7:38:42 PM | Permalink
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アムステルダムの秘宝館

Amsterdam's Erotic Museum
Amsterdam's Sex Museum
アムステルダムにあるSex MuseumとErotic Museumのフォトギャラリー。
何か悪趣味な生人形とか、エロイ歴史的遺物とか、この手の展示は万国共通なんだろうか?
上写真のマリリン・モンローは日本の秘宝館にもなかったか?
あと、コレはディズニー的にはOKなのか?
<おまけ>
museumofse[x] NYのSex Museumの公式サイト
Feb 18, 2005 5:51:58 PM | Permalink
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THE HAUNTED MUSEUM

THE HAUNTED MUSEUM
古い幽霊や超常現象などについての読み物サイト。
面白そうなんだけど、英語なんで読めない。とりあえず、古い心霊写真とか沢山掲載されてるので、それを眺めてお茶を濁す。
普段、英語のサイトは翻訳サイトと辞書サイトを総動員しながら、判らないところ(これがまた多い)は想像力で補って読むのだが、こんだけ字があると読む気がうせる。ちゃんと英語を勉強すれば良かったと思う瞬間であるが、多分、馬鹿だから勉強したとしても無駄だったろうと思う。
Feb 18, 2005 12:00:18 PM | Permalink
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『二十面相の娘 4巻』 小原愼司
お話はかなり佳境に。白髪の謎の怪人により追い詰められるチコ。次の巻あたりで最終回なのかな?
チコに良くしてくれたメイドさんや友達が次々と白髪の怪人の催眠術によってチコの敵となり、一人になったチコはひとり街を彷徨うという辛い展開なのだけれど、小原愼司の場合、『菫画報』の印象が強い所為か、なんかあんまり悲壮感みたいなものは感じない。何か何処かに常に間の抜けた雰囲気みたいなものがあって、それが悲惨状況下でも何処かユーモラスな印象を与えるように感じる。ここら辺、乱歩の少年探偵団モノに通じる部分はあるんで、かえって良い効果になってると思う。
3巻の印象で二十面相=白髪の怪人だと思ってたんだけど、その予想は外れ。どういうオチになるんだろう?
Feb 18, 2005 11:05:32 AM | Permalink
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2005.02.17
日記

本日の画像は作者不明のチンコで字を書いてる少女絵。 何かノリが浮世絵っぽいね。
今日はえらく久しぶりにOSのインストールとか。
NECの古いWINDOWS98マシンがあったんだけど、NECの業務用のパソコンは何故かパーティション分割でCドライブが2Gとか異常に少ないのね。で、最近Cドライブのディスク不足のエラーで頻発するようになったんで、パーティションを切り直してOSの再インストールとなった次第。
ウチの会社のパソコンってもう3年とか4年とか使ってる旧機種ばっかなんで、本当、そろそろ買いなおしてもらいたいもんだ。未だWINDOWS98が現役だもん。
今朝、通勤途中、「モーニング」を読んでたら4月から『ピアノの森』をモーニングで再開するとの告知が掲載されていて吃驚。まだ続きを描く気があったんだ一色まこと。
Feb 17, 2005 7:22:25 PM | Permalink
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秘宝館フォトギャラリー

Hihokan - Erotic Museums in Japan
東京在住のドイツ人カメラマンの人がやってる『Juergen Specht』というサイトのコンテンツ。
伊勢や熱海の秘宝館の写真が192枚。
今なお衛生展覧会テイストを色濃く残す秘宝館。小学校の時、伊勢に家族旅行に行ったんだけど、国道沿いに延々と秘宝館の看板が出てるのを異常に憶えている。
一度は訪れたい素敵プレイスだなぁ。
Feb 17, 2005 6:21:36 PM | Permalink
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上使いと下使い
『南方熊楠 男色談義』をぼちぼちと読んでいたら、そうそう意味の判らない箇所が出てきて困った。
熊楠が岩田準一宛に送った最初の書簡に以下のような件がある。
小生幼少のころから十五歳のころも、高野坊主に上使いと下使いと寵童を分かてり。(中略)『一言一話』に、『太閤出生記』とかいうものを引き、秀次最期のとき松若という草履取り殉死せり、山田、不破等の小姓は殉死して名を挙げししが、松若のみ下職ものゆえ名聞こえず不憫なり、とかありし。(中略)松若ごときが下使いで、山田、不破、山本等が上使いなり。
この中の上使い、下使いの意味が良く判らない。説明があるかと思ったら何の説明もないし、文脈から意味を汲み取るのも難しい。
この手紙に対する岩田の返信に
いつか東京で中山先生からおうかがいしたのですが、あなた様が仰ってでしたとて、上婚下婚のことについてです。(中略)私も数年前には少年好きで、ことに下賎な階級の少年で比較的清潔な奴が好ましく、『犯罪科学』にいつか載っていた英国か何処か大政治家のごとく、浮浪少年を探し廻ってそいつの脚に口づけするごとき不潔好みは関するところではありませんが、職人の子でキレイ好きなサッパリした子などを、実行抜きで金銭などくれてやって嬉しそうな顔見るのが楽しく、よく遊びました。(博愛的の意でなく、内心いささか性的感情ありしを今思えば知られます。)これなど男色の下婚ではないでしょうか。上婚の方の例は近松巣林の『心中宵庚申』第一段の子息に対する下男の恋、不破伴作の説話の一つである浪人と瀬田の橋か何処かでの逢引話(『新著聞集』か)など違っていましょうか。
という記述があり、上使い=上婚、下使い=下婚なのではないかと思われるのだが、それでも意味はちと判らない。
岩田の文章からすると、高貴な人→下賎な者が下婚、下賎な者→高貴な人が上婚なのではないかと思われるが、確信がない。性欲に基づく劣情が下婚、純たる恋心が上婚とも読める。熊楠は書簡の中で精神的な男色と性欲的な男色を分けて考えなければならないと説いているから後者が正解かもという気もする。
誰か、この「上使い(上婚)」と「下使い(下婚)」についてご存知な方は居ないだろうか?
Feb 17, 2005 1:03:58 PM | Permalink
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『コドモのコドモ 1巻』 さそうあきら
小学5年生の女の子、春菜が幼馴染のヒロユキと公園で互いのヒミツの部分を「くっつけて」しまったことから妊娠、出産するというお話。1巻ではまだ春菜が自分の妊娠に気が付いたぐらいまで。
とりあえずさそうあきらは毎回まいかい面白いテーマで漫画を描くよなぁ。それに幅も広い。『山田まるもちゃん』みたいなコメディから、『犬・犬・犬』や『トトの世界』のようなバイオレンス、『神童』、『マエストロ』みたいな音楽モノと実に多彩。今回も小学生の妊娠というラジカルなテーマ。でも、主人公春菜の今時のあっけらかんとした性格もあって、今のところどちらかというと軽めのコミカルな展開。今後、親や学校に知られることになって騒動になるんだろうけど、どういう風に話をもっていくのか期待大。
あと、春菜を始めとする登場人物の造形が良いね。見た目も可愛いんだけど、友達付き合いやマセた部分とまだまだ子供っぽい部分の共生とかそういう内面部分の描写が凄く巧い。春菜が憧れてる姉の友達の中絶費用の足しに貯金したお金を渡そうとしたけど、結局渡せなくて、ペン立てを買っちゃうとことか、仲良し三人組がつい二人で遊んじゃって三人の中がギスギスしちゃうあたりのとことか…… 今時の小学生の生態がどうなっているのか知らないけど、あぁ今時の小学生はこういうものなんだろうなぁ。と思わせるだけの説得力があるよね。
それとヒロユキのお母さんが春菜のことを呼び捨てにしてるのが凄く良いなぁ。このお母さんが凄く好きだぁ。
Feb 17, 2005 12:03:28 PM | Permalink
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2005.02.16
トラホームの恐怖
トラホームは恐ろしい、娘さんは不幸な結婚をし、勤勉な兄弟も人生の挫折を味わうことになるのである。何と恐ろしい病気であろうか。
特に無知で迷信深い婆さんがヤバイ。婆さんに気をつけろ!

「不幸な結婚」
縁結びの神様の鈴の緒から知らぬ間にトラホームにかかりました。
治療を怠ったので眼が醜くなりとかく縁が遠いのでつい媒介所などに口を頼まねばなりませんでした。
やっと縁づいた先は先妻の子供の居る家でございます。
目がこわいといって子供達は新しいお母さんになつきません。家庭が面白くないので主人は放蕩をはじめました。そんなわけで折角の縁も間もなく離婚になりました。

「挫かれた希望」
二人の中学生がありました。兄が友人から借りた書籍からトラホームがうつり、それが弟にもうつりました。然し兄弟とも余り気にしませんでした。
兄は中学を優等で卒業し父の志をついで海軍に志願いたします。
けれどもトラホームのために体格試験で不合格になりました。
弟は海外渡航を志望して熱心に勉強中でございます。
弟も亦気にかけなかったトラホームのために渡航が不許可になってしまいました。
志を挫かれた兄弟は遅ればせに病院通をして可惜若時を費やして居ります。

「おそろしいおみやげ」
生き(?)故郷から祖母が倅を訪ねてきた。国の土産に恐ろしいトラホームを持ってきた。
可愛い孫の機嫌とりあどけない眼にお土産は伝染された。
祖母が情の寝物語、楽しい夢は幾欲(?)つづく。
貞頌(?)の嫁にもわける国の土産。
仲睦しく語る身にやがて来る運命はさても恐ろしい。

「迷信と姑息」
お婆様流行眼にかかったといっておびんづるさんに頼ります。
かへってトラホームがうつってお孫さんまで眼をわるくいたします。
一緒にやすむお爺様にもうつることになります。
家中の人の洗面器が一緒なのでとうとう一家中にうつります。
眼の具合が怪しいと気がついて急に売薬などをつけますがもう追着きません。
終には家内中が医師にかかって皆目かくしをせねばなりませんでした。
大正9年、東京教育博物館にて開催された「児童衛生展覧会」の日本トラホーム予防協会の展示より。
Feb 16, 2005 10:12:32 PM | Permalink
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日記

本日の画像は出所不明のママとベイビー写真。ぐっっと身体を横にそらしたママのポーズが良い。
何か今日は忙しかったような暇だったような、何かいろいろやったような何もしていないような感じの一日だった。
ブックマークを登録するついでに、ついでに巡回用のアンテナも導入することにした。(サイドバーにアンテナとブックマークのリンクを追加しました。)
とりあえず100ちょい程登録、無料版だとはてなアンテナは200までしか登録できないみたいだけど、定期的に観てるところは多分200もないだろう。
今まで必要ないかと思ってたけど、いざ使ってみると結構便利ねアンテナって。
ブックマークの方は頑張って全部で500ほど未整理だったURLを登録してみたけど、やっぱ今のままのはてなブックマークじゃ使い道ねぇなぁ。というのが正直なところ。
Feb 16, 2005 6:59:20 PM | Permalink
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『HAL & BONS』 武仲貞宗&石井克人
DISCASによるレンタルで視聴。
DVDマガジン、『Grasshoppa!」』に連載されショートフィルムにオマケの新作を付加したもの。
監督の武仲貞宗は『攻殻機動隊』のCGIを担当した人、石井克人は『鮫肌男と桃尻女』とか『キルビル』のアニメパートのキャラクターデザインとかの人ね。石井克人の『鮫肌』はかなりお気に入りの映画なんだけど、『PARTY7』も『茶の味』もまだ観てない。テレビの『世にも奇妙な物語 SMAPの特別編』は観た。
犬のHALとBONSと、餅のモチ君の3人?がダラダラ(主にHALとBONSの2匹)と、時にエキセントリック(主にモチ君)に喋るだけのオールCG作品。CGは特筆することもない出来で、見所は石井克人らしい会話のやりとり。こういう饒舌で生っぽい会話をやらすと石井克人は実に巧い。タランティーノもしゃべくりシーンが巧いけど、石井克人のしゃべくりはタランティーノとはまた違った、饒舌だけどダルっぽいという何ともいえない感じがあって良い。
あと、HALの声を石井克人本人があててるんだけど、これがなかなか巧い。ちょっと驚いた。
しかし、10分程度のショートフィルム×5本に、毎回、オープニングとエンディングが付くのだけれど、オープニングの「HALとBONSの時間だよ~♪」という歌が頭にこびりついて困る。
<おまけ>
なんてのが発売になるみたいだね。
お徳といえばお徳だが……
Feb 16, 2005 5:41:55 PM | Permalink
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浮世絵ギャラリー

Ukiyoe-Gallery - Japanese Woodblock Prints
浮世絵から近代にいたる日本の版画ギャラリー。
浮世絵より、明治から昭和初期にかけての作品が面白い。
上図は「KOITSU -- (Tea House) Yokocho at Yotsuya Araki」。KOITSUってのは石渡光逸のことかな?
Feb 16, 2005 4:15:34 PM | Permalink
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2005.02.15
日記

本日の画像は、不二家が昭和30年代に発売していたフランス・キャラメルのパッケージ画像。
モデルはシャーリー・テンプル。ペコちゃんが生まれる前のイメージ・キャラクターだった。
特に記することのない日。
そういえば昨日、サイドバーにアクセス解析の変わりに貼り付けているBlog Petのシステムがバージョンアップした。何かランキングとか追加されたようだが、たまたま『動画ファイルナビゲーター』にリンクされた所為で普段の何倍ものアクセスがあった為に、今日現在、上位にランキングされてしまっている。でも、このアクセス数の増加は一過性のものなんで、じきにランク圏外に落ちると思われ、何だかそれは結構恥ずかしいのでは。などと思ったり。
あと、Blog Petには簡易のアクセス解析機能がついているのだが、何故かリニューアル後、リファラが巧く取得できなくなってしまったみたいで、これはちょっと困った。
はてなブックマーク、昨日からまた100ほどURLを追加してみた。自宅と会社でブックマークを共有できるのは割りと便利かもしれない。でも、実際に便利に使うにはユーザー自身の手によるタグ付けは必須だと思う。
にしても、追加するブックマークの99.9%は他に誰も登録していないURLで結構寂しい気持ちになる。
Feb 15, 2005 7:50:28 PM | Permalink
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Rocco Forgione

Rocco Forgione
イタリアの画家、Rocco ForgioneのWEBギャラリー。
何かコミカルな幻想絵画。
Feb 15, 2005 6:01:16 PM | Permalink
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日記(BlogPet)
慶應義塾の、追加するつもりだった。
*このエントリは、BlogPetの「Gernsback」が書きました。
Feb 15, 2005 5:58:54 PM | Permalink
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Youssef Nabil

Youssef Nabil's website
エジプトの写真家、Youssef NabilのWEBギャラリー。
色味が好み。あと、コレとか、コノポートレイトの顔が何とも良いなぁ。
Feb 15, 2005 5:55:00 PM | Permalink
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東京大学医学部の医学教育標本

総合研究資料館ニュース-東京大学における医学教育標本の変遷
東京大学総合研究博物館 デジタルミュージアム展 医学部門
東京大学医学部が所蔵している、医学教育標本に関する記事。
東京大学医学部はいろいろ面白い標本を所蔵していることで有名。例えば、夏目漱石の脳髄とか、あと刺青を入れた人皮のコレクションも東京大学医学部ではなかったかしら?
昨日の木骨の項で紹介した「各務木骨」も現在は東京大学医学部が所蔵している。
布施英利のエッセイだったと思う、東大医学部の解剖学教室の大掃除をすることになって、何十年もほったらかしにされたホルマリン漬けの胎児の標本が大量に出てきて、こっそり燃やして処分したなんていう話を思い出した。
上図は桂川甫周が作らせた木製の人頭模型。三白眼が凄く良い味を出している。

こちらは、1863年にフランスで製作された眼球模型。
あと、この「ムラージュ」と呼ばれる、標本も良いなぁ。
Feb 15, 2005 1:20:38 PM | Permalink
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買ったもの
昼休み、久しぶりに本町センタービルの古本屋、天牛書店へ。
今週は1200円均一。ちと高価いが、その分、面白そうな本も多い。別冊太陽の「竹久夢二」と「ビゴーの観た日本」。それとコリン・ウィルソンが何冊か。大分気が惹かれるが我慢する。何せ軍資金が乏しい。しばし悩んで、暫くぶりに熊楠を読むのが良かろうと思い、『南方熊楠男色談義』を購入。岩田準一との往復書簡集。
Feb 15, 2005 12:38:11 PM | Permalink
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『シグルイ 3巻』 南條範夫&山口貴由
とりあえず、この巻で藤木源之介と伊良子清玄の過去の因縁話は終了で、御前試合に舞台が戻る。ということで良いのかな?
相変わらず非常に濃厚な作品なんだけど、ちょっと2巻の内容をあんまり覚えていないところがあって、ちょっと話を追いかけるのが大変であった。もう一度、1巻から読み直さないと。
しかし、この話って別に藤木源之介と伊良子清玄だけの話じゃないんだよね? 藤木vs伊良子は御前試合の第1位試合というだけで、藤木vs伊良子の決着が着いても、お話は第2試合の次なる剣客の話に進む筈で、一体、この先どんな剣客が出てくるのか? どんな話になるのか全く見当がつかない。
Feb 15, 2005 11:50:13 AM | Permalink
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2005.02.14
木骨
江戸末期、蘭学の普及や実際に人体解剖を行う医者が出てきて、日本の解剖学は飛躍的に進歩したけれど、当時、人骨を所持することは禁じられていた為、実際の人骨を用いた骨格標本を持つことはできなかった。そこで考え出されたのが、木骨と呼ばれる、木製の骨格標本模型である。


上の写真は、『星野木骨』と呼ばれるもので、寛政三年(1791年)に広島の整骨医、星野良悦が工人、原田孝次郎に作らせたもの。貰い受けた刑屍体を煮て作った骨格標本を元に模刻したもので、完成までに300日を費やしたとされる。これを見た杉田玄白らが絶賛したという曰くつきである。

こちらは『各務木骨』と呼ばれるもので、文化年間の初め(19世紀初頭)、大阪の整骨医、各務文献が工人に作らせたもの。どちらも整骨医が作ったというのが面白い。出来は『各務木骨』の方が良い。
Feb 14, 2005 10:47:18 PM | Permalink
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伊藤野枝
ええ、生きている間じゅう、迷惑のかけられ通しでした。相手のことなんか、子供の頃から一向にかまわないたちでしたからねぇ。そりゃあ、学問は好きで、学校はずいぶんとできました。(中略)もうその頃から、きらいなことは一切しようとしない子で、自分のことしか考えちゃあいませんでしたよ。自分さえ勉強できれば、母親が困ろうが、きょうだいが泣こうが平気という人でした。おかげであたしは損な役目ばっかり引き受けさせられました。
これは野枝の妹、ツタの言葉。
強情で、ナキ虫で、クヤシがりで、ヤキモチ屋で、ダラシがなく、経済的概念が欠如して、野性的であった‐野枝さん。
しかし、僕は野枝さんが好きだった。野枝さんの生んだまこと君は更に野枝さんよりも好きである。野枝さんにどんな欠点があろうと、彼女の本質を僕は愛していた。先輩馬場孤蝶氏は大杉君を『よき人なりし』と云っているが、僕も彼女を『よき人なりし』野枝さんといいたい。
こちらは野枝の前夫である辻潤の言葉。
Feb 14, 2005 10:28:26 PM | Permalink
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日記

本日の画像は出所不明、何かの雑誌広告か何かかな? 構図が良い。
土曜日のトラブルは結局、データンセンター内のHUBが故障した為で、とりあえず東京の業者に交換してもらって解決。早起きして会社に出てきた割には、僕自身は殆ど何もやることなしに解決。まぁ、大した障害でなくて良かった。
『はてなブックマーク』なるものが始まった。最近、流行しているらしいソーシャル・ブックマークの一つだそうだ。
とりあえず100個ほど未整理のブックマークを登録してみたんだけど、分類とかを自分で指定できないんで殆ど使い物にならない。デフォルトの分類項目がかなりショボイのも痛いが、自動分類の精度がお話にならない。例えば、『ゲスナー「動物誌」(慶應義塾大学所蔵)』が何故かスポーツの分類になってしまう。
とりあえず、まだβ版ということなんで、正式リリースまでには分類及び、キーワードの任意設定とか、コメントの付加とかの機能が追加されることに期待しよう。
hugo-sbのブックマーク
Feb 14, 2005 7:37:14 PM | Permalink
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『スケッチブック 2巻』 小箱とたん
とある学校の美術部の部員達のだらだらした日常を描くの4コマ漫画。
のほほんとした感じで面白いし、登場するキャラクターも良いと思うんだけど、それでなくとも多いなと思っていた登場人物が2巻になってさらに増えたのはどうかと思う。
基本的にキャラクターに依存した漫画なので、漫画の幅を広げようとするとどうしてもキャラクターを増やしていかないといけない。ということなのだろうけど、逆に登場人物が増えることで個別のキャラクターの印象が希薄になってしまう。(そういう意味において、やはり「あずまんが大王」は凄いなと。)
Feb 14, 2005 1:36:06 PM | Permalink
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『かしまし 1巻』 あかほりさとる&桂遊生丸
女の子に振られた男の子が宇宙船と衝突、宇宙テクノロジーで一命はとりとめたものの何と女の子になっちゃった。というお話。
設定だけみると頭を抱えたくなるような馬鹿さかげんだけれど、中身は意外と普通に読める。
この漫画で面白いというか不思議なのは、多かれ少なかれこの手の性転換モノでは、生理的、或いはジェンダーに基づく性差のギャップを題材に取る事が普通であるのに、この作品の主人公はそういった性差に関して一切関心を持たない。チンコがなくなっただの、トイレで困るだのといったお約束的な描写は一切されない。ブラジャーを買いに行くというエピソードがあるのだが、そこで描かれるの無知な女の子が初めてブラジャーを買う。という情景だ。
実はこの漫画の主人公は意図せず性転換してしまった元男の子ではなく、主人公の性転換に戸惑う幼馴染のツンデレ系ツインテール娘と、男時代の主人公に告白されたけどとある事情で彼を振ってしまった女の子の二人なのではないか?と思う。好きな男の子が突然女の子になってしまった。男であるということで受け入れることが出来なかった相手が女の子になった。この二つの心の動きが主題なのではないだろうか?
Feb 14, 2005 1:19:39 PM | Permalink
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『真月譚月姫 2巻』 佐々木少年
TYPE-MOONの同人時代のゲームをアニメ化したものを漫画化したもの。
売れているのかなかなか入手できず、中百舌鳥の漫画専門店「わんだーらんど」でようやく購入。
正直、アニメの方はえらくツマラナカッタ(それでも一応、最後まで観たけど)のだが、漫画の方はなかなか面白い。アニメではすっ飛ばされた細かい描写を丁寧に補っていて、ちゃんと読めるものになってる。ただ、展開が割りと早めということもあって、キャラクターの描写がちょっと物足りない。とりあえず2巻で当面の敵であったネロとの対決が決着したから、暫く続くであろう日常エピソードでそこら辺をどれぐらい描けるか?ちゅーところかな。
2巻の表紙はカレーの先輩なんで、もうちょっと活躍するのかと思ったら、殆ど出番なしでがっくしだ。
Feb 14, 2005 11:57:00 AM | Permalink
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2005.02.13
日記(BlogPet)
hugo_sbの、2するつもりだった。
*このエントリは、BlogPetの「Gernsback」が書きました。
Feb 13, 2005 10:16:22 AM | Permalink
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2005.02.12
日記

連休の最中だというのに、夜中の2時にサーバがダウンしたからとたたき起こされ、地下鉄の始発で会社に出向いて復旧作業ですよ。
つーか、東京のデータセンター内のファイアーウォールがダウンしたらしくて、大阪の会社からは何も出来ないんで、東京の業者の対応待ち……
Feb 12, 2005 9:02:08 AM | Permalink
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2005.02.11
『駅前花嫁』 『踊るクレムリン御殿』 駕籠真太郎
駕籠真太郎の短編集二冊。
中身は例のよってのドロドログチャグチャのエロ・グロ・ナンセンス。僕は単行本を全部持ってるような熱心な駕籠真太郎のファンではないけれど、彼の人体破壊、人体改造の感覚は非常に自分の嗜好と近いものがあるなぁと。逆にまったく受け付けないのが氏賀Y太。どうにも僕は真性のサディズムが好きじゃない。でも、サドの小説は好きなんだよなぁ。
今まで気にしたことなかったけど、駕籠真太郎の絵ってお茶漬け海苔の絵と似てるね。
Feb 11, 2005 2:37:16 PM | Permalink
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『東京赤ずきん 2巻』 玉置勉強
玉置勉強のエロ・グロ・バイオレンス漫画。
今回も、ブルマー装着のペド親父とか鬼畜な路線は堅調なんだけど、話が進んできて悪魔とか出てきて、1巻のあの訳の判らなさは薄れてしまった感じ。どっちかというと、この手の作品は物語性を排除していった方が良いんじゃねぇの。と思う。
ヴィヴィアンの萌えキャラ化が凄い勢いで進んでるのが何ともかんとも……
Feb 11, 2005 2:26:10 PM | Permalink
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社会主義少女

大正10年(1921年)6月21日、日本初の女性による社会主義団体、赤瀾会主催の婦人問題講演会が開催された。これは出版法違反で官憲に対処された労働運動社の神道力三と中名生いねの罰金費用を捻出するために企画されたもので、藤森成吉、秋田雨雀、伊藤野枝らに混じって、当時18歳の少女であった、堺真柄(まがら)が「旗持ちとなりて」と題して講演を行った。
堺真柄は明治36年(1903年)の生まれ、父親は、幸徳秋水らと共に平民社を起こしその後日本社会党、日本共産党の結成に参加した社会主義者、堺利彦。幼い頃より社会主義者の出入りする家に育った真柄は、運動家たちのマスコット的存在として可愛がられた。大逆事件で処刑されたただ一人の女性、菅野すがも真柄を可愛がった一人で、獄中から真柄宛に「羽織や人形やきれいな箱はみんなまあさんにあげます。」という手紙を出している。
大正9年(1920年)、成女高等女学校を卒業した17歳の真柄は、誰に言われるでもなく自然に社会主義者として運動に身を投じるようになる。生まれてからずっと社会主義者に囲まれて育った真柄は、社会主義者の純粋培養、まさにナチュラル・ボーン・コミュニストであった。
翌、大正10年(1921年)に最年少ながら九津見房子らと女性の為の社会主義団体、赤瀾会を結成した真柄は5月1日に開催された第2回メーデーに参加、赤瀾会のメンバーは全員検束され一躍名を轟かせた。
6月21日、赤瀾会主催の婦人問題講演会で初めて講演をすることになった真柄は、黒い地味な単衣にレンゲ草柄のメリヤスの帯といういでたちで登場、首を甘ったるくクニャクニャ曲げながら、女性の自立について語った。その時、真柄は、
このあいだ私が検束されたとき、口の悪い巡査が「お多福だ」と言ったから、私が「なんだデブ巡査」とやり返したら閉口して「お嬢さん」と言い直しました。エヘン!皆さん、私はお多福と呼ばれるよりお嬢さんと言われる事は忍び得ません。なんとなれば、お嬢さんとはなにもしないで家庭に寄食し、おめかしをしてお嫁に貰い人のあるまで遊んでいる娘を意味するからです。
なんてことを喋っていて、なかなか娘さんらしくて良い。この講演での真柄の評判はなかなかで彼女の名はますます知れ渡ることになった。
個人的には堺真柄よりも、大正時代の社会主義的婦人解放運動を理論的な部分で支えた山川菊枝の方が好きだな。

眼鏡っ娘だし。
<参考>
近藤真柄 - Wikipedia
赤瀾会 - Wikipedia
Feb 11, 2005 12:48:12 AM | Permalink
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2005.02.10
日記

本日の画像はロシアの公衆衛生ポスター。蝿のたかった赤ちゃんが可哀想。
昨日は何だかしらないけど矢鱈滅多に眠くて23時過ぎには寝ちゃった。『Uボート』のDVDを観ようと思ってたんだけど。
今日は借りてるサーバがディスクフルで要らないファイルをひたすら削除する一日。他のことは何もやってません。
何か明日は休みなんですね。建国記念日ですね。三連休ですね。最近、休んでばっかりのような気がしますね。仕事をしたという気が全然しないですよ。
とりあえず三連休は、去年の年末から続いている部屋の片付けをちょっとだけしよう。
Feb 10, 2005 6:56:44 PM | Permalink
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My Little Golden Book About ZOGG.

The Cuddly Menace
『Deep Fried: The comic that leaves a STAIN!』のコンテンツ。
『My Little Golden Book About God』という絵本を、愛らしい絵をそのままに、内容をZOGGという名の宇宙人?(電波に乗ってやってきたレトロウィルス)による地球侵略の話に書き換えたもの。
最初、英語良く判んないから、マジにこういう本が出てるのかっ!と思ったらネタでした。でも、結構面白い。
つーか、誰か日本語にちゃんと翻訳して欲しい。
絵は、Eloise Wilkinという人が描いたらしいけど、コレとかコノ絵なんか、怖可愛くて良いなぁ。ちょっと他の絵も観たい絵描きさんだ。
元ネタの絵本の内容は、
A WOODLAND ROSE GARDEN - My Little Golden Book About God
で、読むことが出来る。
Feb 10, 2005 6:25:56 PM | Permalink
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『監督不行届』 安野モヨコ
安野モヨコが夫の庵野秀明とのオタクな生活をつづる、ビバ・オタクラ・ライフなエッセイ漫画。というか、寧ろオタク観察漫画?
まぁ、とりあえず読んで思ったのは、俺も金持ちになって、どかすかアニメや特撮のDVD-BOXを買い漁れるような身分になりてぇー。ということ。良いなぁ、欲しいものが欲しいだけ大人買い出来る大人って……
Feb 10, 2005 5:12:21 PM | Permalink
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2005.02.09
日記

本日の画像は、David Raywoodの「The Squeak Machine」という作品。こういのもゴスロリで良いのかな?
今日は、DISCASで借りたDVDを返却するつもりだったのに、家から持って出るのを忘れた。まぁ、今週は金曜休みだから今日返却しても手元に届くのはどうせ週明けだから明日でも良い話ではあるんだが。
Feb 9, 2005 6:53:23 PM | Permalink
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1930年代の電動バイブ
Feb 9, 2005 6:47:49 PM | Permalink
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『レッドドラゴン』 ブレット・ラトナー
DISCASによるレンタルで視聴。
観るのは2度目、以前にも感想を書いたような気がするが、ココログに引っ越す前の話なんで、もう一回感想を書いておこう。
原作はトマス・ハリスのハンニバル・レクターモノのシリーズ第1作。1986年にマイケル・マンの手によって一度、映画化されてるけど、こちらは未見。
監督のブラッド・ラトナーは、ジャッキー・チェンの『ラッシュアワー』とかを撮ってる人だけど、本作以外は観たことない。でも、『レッドドラゴン』を見る限り、手堅い映画を作る良い監督だと思う。
レクター役はもちろんアンソニー・ホプキンス。あまりにハマリ役過ぎて、逆にちょっと可哀想な気もする。
主演のグレアムはエドワート・ノートン、犯人のダラハイトは私的にはクローネンバーグの『スパイダー』の主役をやった俳優、レイフ・ファインズ。何だか、右の鼻の穴の方が大きいように思うのは気のせいか?
あと、グレアムの上司、『羊たちの沈黙』にも出てきたFBI心理分析チームのリーダー、クロフォードをハーヴェイ・カイテルがやってるんだけど、どうみてもFBIの心理分析官には見えないのが難点。これは、『羊たちの沈黙』のスコット・グレンの方が断然良かった。
特筆すべきはダラハイトが恋する盲目の女性を演じるエミリー・ワトソンで、盲目だけれど両目は開いているという難しい演技をこなしてる。正直、エミリー・ワトソンのインパクトが強いんで、エドワート・ノートンもレイフ・ファインズもちょっと霞みがち。レイフ・ファインズなんかチンコまるだしの素っ裸で頑張ってるのに……
原作の小説の方だと、物語の主眼は犯罪者の精神と同化して捜査するグレアムが、次第に心の闇に飲み込まれていく様が主題になっているのだけれど、映画の方はそういう観念的な部分はあっさりカットして、単純明快な猟奇犯罪スリラーとして作り上げているのが、物足りないといえば物足りないのだが、制作はディノ・デ・ラウレンティスだから端から高尚な映画など期待できる筈もなく、監督は職人仕事としてエンターテイメント映画に巧く仕上げていると思う。『ハンニバル』は原作小説もちょっとアレな出来であったけれど、巨匠リドリー・スコットなんかを起用して気合入れて作ってしまったが為に失敗したような気がするだけに、ディノ・デ・ラウレンティスの判断は正解だったのではないだろうか。
つーか、ディノ・デ・ラウレンティス的にはトマス・ハリスの原作を離れて、『レッドドラゴン』以前の、グラハムとレクターが協力して捜査した2件の事件をテーマにした作品を作った方が良いんでないの? その方がレクターの出番も多くてもっと受けると思うのだが……
allcinema ONLINE:レッド・ドラゴン
IMDb:Red Dragon
Feb 9, 2005 2:42:24 PM | Permalink
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ポルノ小説を英訳しよう

アダルト英語 ポルノ小説を英訳しよう
英語の勉強をするには、ポルノを読むといい。なんて太古の昔には良くいわれたもんだけど、これはその逆の指南書。
スキャンしてアップしてるのが外人だからか、日本語の元文章部分が欠けてたりして良く判んない部分もあるんだけど、多分、英語の判る人間からしたらかなりのトンデモな英文になってんだろうなぁ……
Feb 9, 2005 11:29:44 AM | Permalink
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稲垣足穂と萩原幸子
萩原幸子というと稲垣足穂の第一人者で、今、ちくまから出ている「稲垣足穂コレクション」の編者でもある。
雑誌、『ユリイカ 特集 稲垣足穂』(1987年1月号)には足穂から萩原幸子に宛てた手紙の一部が公開されてるけれど、それに合わせて萩原幸子が足穂との思い出を書いた文章も掲載されている。
その中に足穂と萩原幸子との出会いについての記述があって、そのエピソードがちと面白いので引用しておく。
はじめて稲垣先生とお会いしたのは、昭和二十四年の春。早大戸塚グランド坂下の古本屋で、偶然に出会ったのだった。その時、
「僕は稲垣足穂です」
と言われたけれど、私は先生の名前を知らなかった。
話しかけられたのは、先生に作用していたアルコホルのせいで、そこに置いてあった本『ヰタ・マキニカリス』を、若い者に読ませたい、と思われたからだった。
でも、酔が醒めたら、私のことなど忘れてしまわれただろうと、そんな気がしていた。だって、先生は一人でものを言い、普通の人とは異なる気配を残して、一陣の風のように通り過ぎたのだから。
数日後、新しい白い本『ヰタ・マキニカリス』は、古本屋の主人に託されてあった。先日「この本をあなたに上げます」と言われたのは本当だったのだ。それで、私はグランド坂上のお宿へお礼にいったのだった。
その晩、暗い廊下を背に、玄関の明かりを受けて立った先生は、闇の奥からひっそりと浮かび出た画像。地上の物音はすべて絶えてしまった静寂の中に、息を飲む寂寥と畏怖を感じさせる人だった。
お部屋で、お酒の入っていない先生から聞いたのは、キリスト教のお話だった。先生はキリスト教に無関心な人々に対して怒っていたのだと思う。畳みかけるような語調で、人間の傲慢さについて繰り返し語られた。もっともひどい過渡期にあったとあとで言われていたころ‐何かにせき立てられているような苛烈な気迫があった。
そして、身辺にあらわれる幻覚の話をされた。
「そこの窓に影のようなものが貼り付いて、部屋の中を覗いているんです」
と言って、窓の上方の透きガラスを見上げていた横顔、こわい話であったのに、乱れのない、見えるものを見、事実として言葉にして外にあらわしてゆく力。
私は呆然と先生を見ていたのだろう。
「このような人がいた。このような人に会えた。何ということだろう」
日付のない日記に、それだけ書いてあった。
ようするにナンパです。萩原幸子は足穂に引っかけられた訳ですな。何だか足穂らしいような、らしくないような出来事ではあるけれど。
しかし、この萩原幸子の言葉は、まるっきり恋する乙女のそれだなぁ。
ちなみに、この頃の足穂はまだ独身だけれど、奥さんになる志代さんと出会ったのも、『ヰタ・マキニカリス』が出てすぐの話だから、ほぼ同じ時期。女性が恋しい時期だったのかもしれぬ。
Feb 9, 2005 1:33:35 AM | Permalink
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2005.02.08
日記

本日の画像は、19世紀末から20世紀初頭にかけて出てた「The Girl's Own Paper」というアメリカの女性誌の1頁。
20世紀初頭の女児のファッション図。クリックすると大きな画像が表示されるけど、結構でかい画像なんで気をつけて。
今日はこれといって何も書くべきことがないな。
Feb 8, 2005 7:49:02 PM | Permalink
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Rusty is a homosexual

Rusty is a homosexual
消防士に命を助けられて以来、消防士のお嫁さんになりたいと思うようになった、Rusty君(♂)の絵物語。
Feb 8, 2005 7:03:52 PM | Permalink
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Dan Griggs

Dan Griggs
アメリカはニューメキシコ出身の画家、Dan GriggsのWEBギャラリー。
目隠しをされたり、あるいはベールなどで顔を覆われた女性の絵が多い。
「Model Resting in Morning Light」の遠近感とか好きだな。
Feb 8, 2005 2:56:37 PM | Permalink
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Koo Schadler

アメリカの画家、Koo Schadler。自身のサイトがないようなので、彼女の絵をみることのできるサイトを幾つか。
J. Cacciola Gallery | Koo Schadler
Koo Schadler
Koo Schadler?Art Images
Turner Carroll Gallery: Inventory: Search Results
ポートレイトも良いんだけど、リスやウサギを描いたものが可愛らしくて良いね。
彼女は油彩ではなく、テンペラという技法を用いている。テンペラというのは、一般的には卵と顔料や油などを混ぜて用いる絵画技法で、ルネッサンス期に良く用いられていたもの。油彩に比べて明るい発色が特徴。
参考:よくわかるテンペラ教室
Feb 8, 2005 2:36:17 PM | Permalink
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『花よりも花の如く 3巻』 成田美名子
前作、『Natural』からスピンアウトしたお能漫画。
そういえば、こういう連作短編のスタイルというのは『みき&ユーティ』以来か? 『2年4組』は連作というほど続いてないし。ノリもお気楽で、『エイリアン通り』の終盤以降、えんえん続けてきた鬱展開に進みそうにないのも良い。僕は成田美名子の作品では『あいつ』が一番好きで、シリアスな部分はあっても基本的にはお気楽な作品の方が好みなんだよなぁ。(オッサンになった楡さんとか見てみてぇ。)
『みき&ユーティ』で思い出したけど、『花よりも花の如く』の主役、憲人はみきに似てるのかもしんない。ちょっと天然入ってるけど、まっすぐな性格っていうところが。
あと、3巻だと普通に幽霊の話が入ってて、『Natural』でも理子にテレパシーみたいな感覚があったりして、ちょっとハパイパーナチュラルな指向がみえてきたように思う。まぁ、能自体、平気で幽霊とか出てくる話が多いし、そういう傾向が出てくるのも仕方ないのかもしれんけど、あんまし、そっち方面には行って欲しくないなぁ……
Feb 8, 2005 12:01:27 PM | Permalink
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2005.02.07
『妖怪馬鹿』 京極夏彦&村上健司&多田克己
近所の量販店の書店で買い物した時に、駐車料金割引のための金額合わせで買った、京極夏彦ら妖怪好き3人による妖怪鼎談本なんだけど、これがちょっと拾物だった。
中身の鼎談自体はちょい温めの馬鹿話なんでどうでもよろし。凄いのは京極夏彦の手による挿絵である。これが、全編、著名漫画家を模写したパロディ漫画になっている。しかも、本人が描いたのではと思わせるぐらい、めちゃくちゃ巧い。その対象も、水木しげるは当然として、諸星大二郎、楳図かずお、つげ義春、松本零士、しりあがり寿、石森章太郎、吉田戦車、いしいひさいち、などなどなど…… とりあえず、この挿絵を見るためだけに買う価値あり。
とりあえずサンプルに1枚スキャンしてみたんでどぞ。
Feb 7, 2005 10:47:22 PM | Permalink
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波多野秋子と有島武郎

波多野秋子が有島武郎と出逢ったのは、秋子が雑誌「婦人公論」の編集者として、有島武郎に原稿執筆を依頼するために出向いたのがきっかけであった。
当時、同じ「婦人公論」編集部にいた半澤成二がその時の様子を、『大正の雑誌記者』という本の中で記している。
あれは何年だったろう。たしかなのは、秋子が有島武郎を初めて知った年のことだった。当時、有島武郎は個人雑誌「泉」を経営して、一切の執筆原稿は他誌には発表しないと宣言して間もないころだ。
「波多野さん、ひとつ有島武郎の小説をもらってきてくれませんか。」
と、嶋中さんは笑いながらいった。無理といえばこんな無理はない。
それを瀧田樗陰が側できいていて、
「嶋中君、それは君、無理だよ」
といった。それに対して、嶋中さんは、
「波多野さん、どうです?」
ときいた。
「きっともらってきますわ」
秋子は嫣然として、麹町三番町の有島邸にむかった。このときが、有島氏と秋子が、男として女として知りあった初めであった。人間の運命などわからないものである。このとき秋子が有島氏と逢っていなかったら、そして小説の寄稿に成功しなかったら、あの悲劇は起こらなかったと思う。もっとも、秋子は私には、前から「死にたい、死にたい」とよくいっていたので、いささか馬耳東風と最後までききながしていた私だが‐それには深い事情があった‐絶えず悩みが秋子を苦しめていたのだ、だから、有島武郎でなかったら、或いは別の有名人と心中していたかもしれない。しかしかかる仮定は、いささか彼女を辱めるものかもしれない。
ともあれ、有島邸に出かけた秋子は、その日の夕刻になって嬉々として戻ってきた。
「どうでした?」
嶋中さんがきくと、
「小説や評論は他誌には書かないと宣言してあるので、童話を十五、六枚のものを書いて下さるといっていました。一週間ほどで」
彼女は、あっさり、ややすまして答えた。
「やはり秋子さんに限る」
「いやです。そんなことおっしゃっちゃ」
樗陰はその場にはいなかった。
こうして、秋子は有島武郎の宣言を見事に破らせてしまった。はたして秋子は、三度ほど有島邸に足を運んだ挙句、一週間後に一篇の童話をもらってきたが、それを機縁として、秋子は足しげく有島邸に出入りすることとなった。いつか秋子は私にだけ、有島武郎を「たけおが、たけおが」と親しげに呼んで、有島邸のいろいろな内部の事情まで話してくれた。
「私がたけおと呼ぶのを他の人にはいわないで下さいね」
当時、有島武郎氏は、妻に死なれて、名短編「小さき者へ」を発表してしばらくのころであった。秋子は「泉」の校正の手伝いをしたり、二人の遺児の服装のほころびを縫ってやるために針と糸とを持参することを忘れなかった。私が新進作家諏訪三郎としてデビューしたのは、それから間もなくだったが、彼女は、
「たけおにあなたのことをよく話してあるから、お金に困ったら出かけてゆくといいわよ」
などともいった。
文中の嶋中さんとは、当時の「婦人公論」の主幹であった嶋中雄作のこと、また、瀧田樗陰は当時の「中央公論」の主幹。
『大正の雑誌記者』の著者、半澤成二(筆名:諏訪三郎)は引用文からも感じ取れると思うけど、かなり嫌な奴で、波多野秋子に対しても複雑な愛憎を持っているらしく、記述を全面的に信用する気にはなれないのだけれど、この半澤成二の記述が現実だとすれば、波多野秋子も嫌な性格っぽいね。
Feb 7, 2005 10:15:41 PM | Permalink
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日記

本日の画像は時代はちと不明、50年代か60年代ぐらいのアメリカの小学校の学級写真。
子供の写真が好きで、集合写真も好き。そういう訳で子供の集合写真はとても好き。
先週末の金曜日、21時くらい帰宅すると、甥っ子3兄弟がインフルエンザで病院に連れていかなあかん。というので着替える間もなく義妹の家に連れていかれ、病状の穏やかだった一番上の甥っ子と留守番。病院に行った御一行が帰宅したのは深夜2時。本を一冊持って行ったのだが直ぐに読み終わってしまったんで、甥っ子が図書館で借りたらしい角野栄子の『おばけのアッチのおばけカレー』と『おこさまランチがにげだした』を勝手に読む。角野栄子というと『魔女の宅急便』の人で小学校中~高学年向けの本を書く人だと思ってたけど、低学年向けの本も書いてたんだねぇ。
なかなか面白かったけど、1冊あたり5分もあれば読み終わってしまうんで暇つぶしにはならんかったが。
土曜日は、ウチの猫に先日からオデキのようなものが頭に出来てて気がかりだったんで犬猫病院に連れて行った。
診断は一分もかからず単なる老猫性のイボだろうとのこと。悪性でないので良かった、良かった。
連れて行ったのは上野芝犬猫病院。20時まで診察してるし、先生も親切な良い先生なんで、堺市で犬猫飼ってる人にはお勧めの病院。
あとは、『ドラクエ8』の隠しダンジョンをクリアして別エンディングも見て、ドラクエはこれで一応終了。引き続き、『ラジアータストーリーズ』をする。ドラマ部分のノリが何かNHKの人形劇みたいでグッド。
先日、とりあえげた紙芝居の「ネンゴネンゴ」。ちょっと気になってググってみたら、『ゴジラ』で有名な香山茂が同名の小説を書いているとのこと。現代教養文庫の香山滋集の2巻、『オラン・ペンデクの復讐』に収録されてるらしい。
って、俺、この本、持ってるじゃん。内容に関しては全然憶えてないけど。確か、実家じゃなくて家に置いてあると思うのだが……
Feb 7, 2005 6:44:53 PM | Permalink
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『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』 ジョン・キャメロン・ミッチェル
DISCASによるレンタルで視聴。
これを観てまっさきに頭に浮かんだのは、『ピンク・フロイド/ザ・ウォール』だ。この二本の映画は良く似ている。どちらもロック・オペラで、ミュージシャンである主人公は精神的な問題を抱えており、自分の過去を回想しながら映画の最後で解放される。劇中にアニメーションが多用されるのも一緒だ。ただ、両者では主人公が抱える精神の問題が違う。20年前の映画、『ピンク・フロイド/ザ・ウォール』の主人公ピンクは、父親を奪っていった戦争と、母親や教師といった自身をコントロールしようとする存在から逃れようと築き上げた心の壁が問題であった。自己防衛の為に築いた壁は何時の間に自身を幽閉する監獄と化してしまい、主人公ピンクは他者とのコミュニケーション不全に陥る。
それに対して、『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』は引き裂かれた半身を捜す物語である。二つに引き裂かれた町、ベルリンで生まれたヘドウィグは性転換手術の失敗で男でも女でもない人間になってしまう。プラトンの『饗宴』を元にした曲、『オリジン・オブ・ラブ』で唄われるような、愛で結ばれるべき対となる存在が、男でもなく女でもないヘドウィクには存在しない。この失われた半身に対する渇望が、そのままヘドウィクの苦痛となる。しかし、問題なのは半身の欠如にあるのではなく、半身が欠如していると感じるヘドウィク自身の心、私という存在に関する問題なのだ。
20年前のピンクはコミュニケーション不全ではあったが、他者とコミュニケーションをとることが出来ない自分という存在自体は揺るぎないものであったけれど、現在のヘドウィクはありのままの自分を正視せず、幻想の半身に対する喪失感にアイデンティティの拠り所を見つけるという点では、より病的だといえるかもしれない。この違いが単なる作品の着目の違いなのか、何らかの時代的な傾向を受けたものなのかは知らないけれど、僕にはこの違いが何だか面白い。
監督・脚本・主演のジョン・キャメロン・ミッチェルの女装姿がセクシーで良い。
allcinema ONLINE:ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ
IMDb:Hedwig and the Angry Inch
Feb 7, 2005 2:53:20 PM | Permalink
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『SF/フェチ・スナッチャー』 西川魯介
近所のブックオフで1冊105円で投売りされてたので購入。
一応、エロ漫画らしく、amazonでは18禁扱い。
宇宙からやってきた眼鏡型捜査官と少女が、不法に地球にやってきたエイリアンを退治?するという連作短編+エロなしの著者のデビュー作含む初期短編を集めたもの。タイトルからしてそうであるように、SF小説や映画のパロディネタが多い。といってもSF知らなくても読む分には全く差し支えはなし。出来は105円で買った本としては、まぁ楽しめるかなといった程度。
西川魯介というと眼鏡フェチ漫画な訳だけれど、少なくともこの短編集に収録されたものを読む限りは、まぁ眼鏡をかけた女の子が出てるという程度で、あまり眼鏡に対するフェティシズムのようなものは感じないなぁ。
個人的に心に残る眼鏡っ娘というと誰だろう? 『Drスランプ』のアラレちゃんぐらしか思いつかないなぁ。
アラレちゃんは、真面目に可愛いと思いますです。二頭身になる前のアラレちゃんが良い。
Feb 7, 2005 2:30:18 PM | Permalink
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2005.02.06
日記(BlogPet)
きのう、hugo_sbとPropagandaされたみたい…
hugo_sbは、
本日の画像は、前にも取り上げたことのあるAndreiZadorineという画
といってました。
*このエントリは、
BlogPetの「Gernsback」が書きました。
Feb 6, 2005 10:17:42 AM | Permalink
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2005.02.04
日記

本日の画像は、前にも取り上げたことのあるAndrei Zadorineという画家の「Portret」という作品。
何か、まだ未定だけど、今度はお寺さん向けの檀家管理システムを組むことになるかもしれん。
ウチの会社も迷走しとるのぉ。
最近のモットーは漫画は1日1冊だけ。
先月と今月は何か無茶苦茶、買わなあかん漫画本が多いような気がする。
『月姫 2巻』が売ってない……
『アニオタフォース』で見た、『怪奇大作戦トレーディングフィギュア』
欲しいような、欲しくないような……
というか、DVDは1巻を買ったきり続きを全然買えないでいるのもなんとかしたい。
Feb 4, 2005 7:16:21 PM | Permalink
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プロパガンダポスター
Feb 4, 2005 4:44:09 PM | Permalink
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兵隊と売春宿
Feb 4, 2005 4:17:59 PM | Permalink
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ウクライナ 飢饉時代の芸術

The Great Famine-Genocide in Soviet Ukraine
『Regard』で紹介されていた、『ArtUkraine.com』のコンテンツ。
1932年から1933年にかけてのウクライナで発生した大飢饉に関する絵画や写真などを集めている。
写真は当時の惨状を写した絵葉書セットの1枚より。
この飢饉で600万から700万人ものウクライナ人が餓死したとされるが、この未曾有の大飢饉の原因はスターリンによる人為的なものだったとされる。
<参考>
ウクライナ - Wikipedia
ウクライナの歴史
ウクライナ大飢饉の真相
Feb 4, 2005 3:54:02 PM | Permalink
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『DEATH NOTE 5巻』 大場つぐみ&小畑健
なんかあっという間に5巻の発売。話の展開も速いけど、週刊連載は単行本の刊行も早いなぁ。
ヨツバ編の始まりな訳だけれど、記憶を失って良い子になっちゃった月はどうも魅力薄。だいたい、ヨツバに利する死亡が週末に集中してるなんて月パパに指摘されるまで、Lも月も気付かないなんてのは全くどうかしてる。
この巻では何と言っても松田の活躍が目立つ訳だけれど、個人的にはミサミサの百面相が良いなぁ。
Feb 4, 2005 2:39:59 PM | Permalink
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2005.02.03
日記

本日の画像は1920年代の歯科治療の風景図。床に絨毯というのは当時的にはOKなのか?
今日は特に記すことのない一日。
仕事がちょい暇目だったせいか今日はエントリが大目だね。まぁ、中身は大したことないけど。
FM802で最近掛かる忌野清志郎 featuring RHYMESTERの『雨あがりの夜空に 35』が格好良いなぁ。
稀には今読んでる本の話でも。
今読んでるのは、半澤成二という人の『大正時代の雑誌記者』という本。
著者は大正時代に『婦人公論』の編集者だった人で、編集長の嶋中雄作を中心に当時の婦人公論編集部の出来事を回想したもの。
何でそんな本を読んでるのかというと、この著者とほぼ同時期に『婦人公論』の編集としてやってきた波多野秋子に関する記述が目当てだ。波多野秋子は、作家の有島武郎と不倫の上、心中した人物。有島武郎には殆ど興味がないけれど、波多野秋子という女性は編集者として非常に優秀だった上に、美人だった。今でも写真が残っていてそのお顔を拝むことが出来るけど、今の眼で観ても確かになかなかの美人。これは、ちょっと興味が湧くというモノじゃありませんか。僕はだいたい優秀な女性というものに弱いのだ。
Feb 3, 2005 7:24:21 PM | Permalink
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The Many Faces of Alice

The Many Faces of Alice
小学校の生徒に『不思議の国のアリス』の挿絵を描かせるという授業の結果報告。
1998年と1999年に行われた授業での、子供たちのイラストを本文に合わせて見ることが出来る。
また、「A Toy Theater Alice」では、同様に子供たちが制作した紙人形芝居?を観ることが出来る。
Feb 3, 2005 6:02:08 PM | Permalink
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WW2 米海軍の医療絵画

Navy Medical Art of the Abbott Collection
第二次大戦中の米海軍による医療絵画のコレクション。
大戦中、戦意高揚や啓蒙の為にこういった絵の展示会を全国各地で行っていたのだそうだ。
Feb 3, 2005 5:14:10 PM | Permalink
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WW2 米海軍の女性兵士募集ポスター
Feb 3, 2005 5:05:17 PM | Permalink
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マヤ神話の神々

Dibujos de la Cultura Maya
マヤ神話の神々の解説なんだけれど、スペイン語?なんでサッパリ判らん。
でもまぁ、絵を観てるだけでも楽しい。
上の図は自殺の女神、イシュタブ。
マヤの自殺の女神。イシュタムは首にロープを巻き付けてぶらさがる姿として描写される。イシュタムの両眼は閉じられ、両頬にはすでに腐乱の最初の兆しが現れている。首吊りによる自殺者、戦死者、生け贄の犠牲者、出産時に死んだ女、聖職に従事する神官たちは、楽園に直行すると信じられていた。イシュタムは、これらの幸運な魂をつれてくる。宇宙樹ヤシュチュ(yaxche)の心地よい木陰で楽園の住民は苦労を離れて憩い、あらゆる苦しみと欠乏から解放されてすごすのである。
神々紳士録より引用
自殺者が死後、楽園に直行するというのはなかなか興味深い話だ。
あと、以下のサイトも興味深い。
Mayan Gods and Goddesses
http://instructional1.calstatela.edu/bevans/Art446-04-IntroMayan/Index.html
神さまじゃないけど、これとか、この像とか良いなぁ。
<参考>
マヤ文明 - Wikipedia
Feb 3, 2005 2:38:50 PM | Permalink
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スターリングラードの聖母

スターリングラードの聖母
『幻瞑宮』のコンテンツ。
第2次大戦中、もっとも悲惨な戦場であったスターリングラード。想像を絶する寒さと餓えの中で、ささやかなクリスマスを祝おうとするドイツ軍兵士のお話。
ある場所では、一人の兵士がアコーディオンを持っていたので兵士達がその伴奏に合わせて賛美歌を歌いました。
しかし、2番の歌詞を知っていたのはほんの数人だけでした。3番は誰も歌うことが出来ずに兵士達は暗い顔で押し黙ったまま、ただアコーディオンだけが鳴っていました。
すると、突然離れた場所から違う言葉で3番を歌う声が聞こえてきました。彼らが振り返ると、歌声の主はボロボロの服を着たロシア軍の捕虜や街に取り残されたロシア市民達でした。
参考:世界史@2ちゃんねる 独ソ戦~世界史上最も悲惨な戦争~
Feb 3, 2005 1:53:10 PM | Permalink
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『マーダー・ライド・ショー』 ロブ・ゾンビ
音楽に疎いので全然知らんのだが、監督、脚本のロブ・ゾンビはアメリカのハードロック(ヘビメタ?)の大スターで、PVやポスターなんかも自分で手がける多才な人物らしい。
で、そのロブ・ゾンビが大のホラー映画ファンで、それが高じて制作したホラー映画。
内容はというと、「悪魔のいけにえ」7に、「ロッキー・ホラー・ショー」が3とといった感じ。基本の筋立てはアメリカの田舎町で若い男女が殺人狂の気狂い一家に囚われ惨殺されるという「悪魔のいけにえ」を踏襲したもの。「悪魔のいけにえ」とは違って、こちらの気狂い一家にはエロい娘が居るのが良い。あと、「悪魔のいけにえ2」のチョップ・トップで強烈な印象を与えたビル・モーズリイが、チョップ・トップを彷彿とさせる長男(?)オーティスを怪演している。ホラー映画ファンとしては、ビル・モーズリイを観るだけでも十二分に価値があったね。
随所にフラッシュバック的な映像が挿入されるのだけれど、それが頻繁なこともあってちょとウザく感じるのと、物語が終盤、気狂い一家の謎な儀式シーンの辺りからぐだぐだで意味不明な展開になるのが難。(でも、終盤の唐突さは70年代辺りのB級、C級のホラー映画のぐたぐたさを意識した意図的なものかもしんない。)
でも、ドクター・サタンや謎のガスマスクみたいなのを付けた斧を持ったオッサンとか、或いは、冒頭のマーダー・ライドショーのシーンなどヴィジュアルは素晴らしい。
ホラー映画というよりは、ホラー映画のパロディというべき映画なんだろうな。
allcinema ONLINE:マーダー・ライド・ショー
IMDb:House of 1000 Corpses
Feb 3, 2005 12:06:44 PM | Permalink
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『御緩漫玉日記 1巻』 桜玉吉
漫玉日記の最新シリーズなんだけど、今までと違って、玉吉とは似て非なる漫画家、タモ吉と、其処にアシスタントとしてやってきたトクコ(眼鏡、童顔、巨乳)の緩いエロ話が、従来同様の実録近況漫画(といっても結構、何年も前の話とかやってるけど)と平行して進む。タモ吉の方は、一部現実を元にしてる部分はあるかもしれないけれど、基本的には創作。ということでいいだよね?
漫玉日記を読んでて思うのは、これは良くあるエッセイ漫画ではなく、私小説(つーか、私漫画)だなと。
文学としては全く流行しなくなった私小説だけれど、それを現在においてちゃんと通用する、エンターテイメントなギャグ漫画として成立させているのは、なかなか凄いことなんじゃないだろうか。と思う。
Feb 3, 2005 11:57:47 AM | Permalink
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2005.02.02
ネンゴネンゴ

「ネンゴネンゴ」 全30巻
作:有沢史郎 画:くつなつとむ 製作:三巴会

ヒゲを落とされたお客は怒った。
「こら、散髪屋。大事なヒゲを落として何をしてくれんだ。このヒゲをこれまでにするのには3年3ヶ月かかっているんだぞ」
「どうもすいません。あのう、のりでひっつけましょうか……」
「バ、バカヤロウ のりでひっつけて何になる」

プンプン怒ってお客は帰った。将棋をしていた村の若衆が
「おい、留さん、お化けが出たってほんとうかい」
「ほ、ほんとうだとも。山坂の死んだおばんが倉の窓からこんなかっこうをして、うらめしや…… ネンゴよい子じゃ、ねんねしな、と歌を歌っとったぞ」
「よし、みんなで行ってみよう」

3人は恐る恐る倉の下へ来た。
「なんや、誰もおれへんぞ! 留の奴、だましよったな!」

その時、中からヨチヨチ出てきた小さな子ども。
「あっ、どこの子やろ。あの子にちょっと聞いてみよ。おいおい、そこへ行く小さい子ッ」
呼ばれて振り返ったのは、ネンゴネンゴのネンゴちゃん。

「おじちゃん、なぁーに。ネンゴネンゴ、チュウチュウチュウ」

「ウヘーッ、あの子なんやネズミみたいな顔しているぜ!」
「あれが留やんの言うとったお化けとちがうか? あっ、こっちへ来るぞ!」

「キャー、助けてくれッ。お化けやっ」
「待ってくれ、腰が抜けた」
「離せや離せ、着物がやぶれる」

その時、塀の上に現れた黒い猫。ネンゴネンゴのネンゴちゃんを狙っていたが

ニャオーンと叫んで飛びかかってきた。
「ネンゴネンゴ、チュウチュウチュウチュウ、あっ、大きなニャンニャンだ。どうしよう」
黒猫に狙われたネンゴちゃん、果たして?
年代不詳(恐らく1950年代)の大阪で作られた紙芝居。
Feb 2, 2005 10:49:05 PM | Permalink
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日記

本日の画像は出所不明のポストモーテム・ポートレイト。判りにくいかも知れませんけど、真ん中で寝ている子供は死んでます。二十世紀初頭、ヨーロッパやアメリカでは身内が死亡したさいに、綺麗に着飾らせた死体の記念写真を撮る風習があったんですね。この写真は着色が良い雰囲気を出してるし、何と言っても両脇の男性が良い。
昨日は寒さのあまり体躯が冷えすぎて、帰宅してそのままバッタリ。9時過ぎには眠りについたのであります。
やっぱし、風邪かもしんない。十分寝たせいか、本日はちょっと頭が痛いぐらいで大分と体調はまし。昨日に比べてそんなに寒くないのも良かった。
普段は殆ど内勤なんだけれど、今日はトラブル対応で久しぶりに客先に出向いた。何か新鮮。仕事は、パソコンが不調でどうにかしてくれ。ということで、とりあえず出向いて再起動したらあっさり直った。
客先は難波の宗右衛門町の近くで、飲み屋街の中。ここら辺、昭和30年代とか40年代に建てられたのだろう、古い飲み屋ばっかし入ってるような雑居ビルが多くて、僕は結構そういう建物が好きだ。近代建築も勿論良いんだけど、戦後に建てられた中途半端に古いビルの味わいもなかなか捨てがたい。
Feb 2, 2005 7:17:18 PM | Permalink
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ルイ・マル DVD-BOX 発売
ルイ・マルのDVD-BOXが発売されるとのこと。
2と3はともかく、DVD-BOX I は、『地下鉄のザシ』、『好奇心』、『ブラックムーン』のセット。『ザジ』は観たことあるけど、『好奇心』、『ブラックムーン』は未見。特に、『ブラックムーン』、SF版『不思議の国のアリス』といった趣の作品らしい。WEBで評判を調べると、この手の映画好きは必見の作らしい。激しく観たい。
『ブラックムーン』の単品のDVDは現在絶版みたいだし、でも11,970円は結構高い……
ついでに、グリナーウェイのDVD-BOXも発売されるみたい。
グリナーウェイも観たいんだよなぁ……
Feb 2, 2005 1:36:22 PM | Permalink
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2005.02.01
日記

本日の画像は出所不明の犬と少女絵。
今日は目覚めると一面雪景色、超寒波、ウルトラ寒波です。寒くて、寒くて、体躯がガタブルと常に全身力んでいる状態なんで、何か既に体中が痛い。頭も痛いような気がする。なんか熱も出ているような気がする。風邪を曳いてるかも。という気がする。でも、咳はでないよ、クシャミも出ないよ、鼻水も出ないよ、扁桃腺も腫れてはいないみたい。
これは風邪ではなくて、単に寒いだけ? 寒中街中を歩くと脳みそが北風にぴゅうと冷やされて、シャーベット状になって死んじゃいそうな気がしませんか? というか、WW2の独ソ戦でヘルメット被ったまま夜間、歩哨に立つと、次の朝には脳みそが凍って死んじゃう人が居た。というのは嘘、本当?
うー、さびー。というか体躯が痛い。頭が痛い。
今日の仕事は、Vodafoneの糞3G携帯の詳細不明の仕様変更に泣かされました。
『タメヒメβ版』さんで見たノルシュティンの「霧の中のはりねずみ」のぬいぐるみ。ラブリー
でもどっちかというと、『ロッタちゃん』のバムセのぬいぐるみの方が欲しいな。
Feb 1, 2005 7:06:50 PM | Permalink
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『幻影博覧会 1巻』 冬目景
大正・昭和のモダニズム期を舞台にした探偵モノ。
この手のモダニズム探偵モノとしては、東城和実の『見参!獅子王丸晶様』とか、斉藤岬の『華族探偵素成』(『死神探偵と憂鬱温泉』に収録)とかあるけど、いずれも一見ボンクラな探偵に優秀な美少女が付くというパターンを踏襲している。
このボンクラ探偵+美少女助手というスタイルを最初にやったのは誰なんだろう? これら三作品の直接的なルーツは小説ではあるけど、京極夏彦の一連のシリーズ、特に榎津にあることは間違いないと思うんだけれど、榎津には美少女の助手なんていない。時代設定が違うけど、『金田一少年の事件簿』や『少年探偵コナン』にはヒロインとして美少女が登場するけれど、稀に助手的な役割を果たすことはあっても、助手とは言いがたいし、金田一少年やコナン君は(本性はともかく)ボンクラという訳でもない。少女探偵というと乱歩の『少年探偵団』が流行したさい、少女誌でも各種の少女探偵モノが発表されており、根源的なルーツはここいらに求めることが出来るのだろうが、ちょっと気になる。
ちなみに、先にあげた3作、『幻影博覧会』、『見参!獅子王丸晶様』、『華族探偵素成』の中では、東城和実の『見参!獅子王丸晶様』が頭一つ抜けた出来というところか。
『幻影博覧会』は冬目景の作品としては、良くもなく悪くも無くといったところか。テンポが速いのは良いんだけど、各エピソードが小粒で物足りないのと、全編を通した謎である助手の女の子の正体について、もうちょっと惹きが欲しいところ。
冬目景は絵の魅力でなんとか読ませてるけど、『羊のうた』以外はこれといった作品がまったくない(『イエスタデイをうたって』は読んでないんだけど)のが何ともなぁ……
Feb 1, 2005 3:40:56 PM | Permalink
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『ピアニスト』 ミヒャエル・ハネケ
DISCASによるレンタルで視聴。
2001年度のカンヌ国際映画祭でグランプリ、主演女優、主演男優の三部門受賞作。
監督のミヒャエル・ハネケは、二人の青年が無意味に罪のない親子を殺害するだけの映画、『ファニーゲーム』を撮った人。
ウィーンで厳格な母のもと、音楽学院でピアノの講師をしている中年女性、エリカ。慈善演奏会で知り合った青年、ワルターはそんな彼女に一目惚れして彼女に近づいていくのだが…… というお話。
でも、観客に対する悪意だけで作られたとしか思えない『ファニーゲーム』の監督だから、当然、単純なラブストーリーにはならない。
母の強い干渉のため中年になっても独身のエリカは、その抑圧から、性的変態になっていて、ポルノショップのヴィデオ視聴室で見知らぬ男性の使用済みのティッシュの臭いを嗅いで恍惚に浸ったり、自分の性器をカミソリで傷つけたり、ドライブ・イン・シアターでカーセックスしているカップルを覗いて、興奮のあまり失禁したりするという、かなり特殊な趣味の持ち主になっている。でも、映画の視点はエリカなので見ている観客はエリカに感情のウェイトを置く(でも、エリカの正確は感情移入を拒否する理解不可能さなので、自身を彼女の身に置き換えてみるのは殆ど不可能)ので、愛した女性が変態だったことにショックを受けて混乱するワルター君がどうしても悪人に見える。まぁ、ワルター君もあまり褒められた人間ではないけれど。
エリカをみてて、筒井康隆の長編『霊長類南へ』に出てくる、主人公のフィアンセを思い出した。自分の性欲を抑圧し続けたフィアンセは世界の崩壊を前にして発狂、主人公と再会したときは色情狂になっていた。
『ファニーゲーム』では意図的に暴力的なシーンは全て画面外で行われるようになっていたけれど、『ピアニスト』においてもセクシャルな要素を主題にした作品にしては、直接的なエロティック描写は控えめ。ここらへん、観客の期待には応えないという主張を感じるなぁ。ヨーロッパの古谷実だな。
ピアニストの映画で、ピアノを弾くシーンは多く、劇中、美しいピアノの調べが鳴り響く。が、一般的なBGMが全くない(よね?)というのが変ってる。エンドテロップも無音の中、流れる。テレビ放映したら放送事故扱いになるかも。
『ファニーゲーム』の冒頭シーンとかもそうだけど、ハネケという監督は音の使い方が面白いね。
allcinema ONLINE:ピアニスト
IMDb:La Pianiste
Feb 1, 2005 3:14:35 PM | Permalink
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『オテサーネク』 ヤン・シュヴァンクマイエル
 | オテサーネク ヴェロニカ・ジルコヴァー ヤン・ハルトゥル ヤン・シュヴァンクマイエル ビデオメーカー 2002-10-25
by G-Tools
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DISCASによるレンタルで視聴。
シュヴァンクマイエルがDISCASにあるとは思わなかった。とわいえ、『オテサーネク』、一本切りだが。
チェコの民話、『オテサーネク』(といってもこの映画を観て初めて知ったんだが)を元にしたファンタジー。
不妊で悩む夫婦が別荘で掘り出した人型をした木の根を自分達の赤ん坊として育てるのだけど、その木の根の赤ん坊「オティーク」はやがて異常な食欲を見せ始め…… といったお話。
ヤン・シュヴァンクマイエル meets ブレインデッド(大分、嘘が入ってるが)という感じ?(単に、福祉のオバサンをオティークが襲うシーンのトホホなテイストが、『ブレインデッド』の突如サイズが二周りほど大きくなって、公園は走り回るゾンビ赤ちゃんを思い出させただけなんだけど)
木の根の赤ん坊、オティークのアニメーションや、不味そうな食事をする隣の家族とかは、如何にもシュヴァンクマイエルという感じだけれど、物語のベースに民話を置いてるということもあってか、お話し自体はかなりストレートな作り。特に後半、隣の娘に物語の中心が移った後は、フランケンシュタイン的な少女とモンスターの交流をB級ホラーなノリでシュヴァンクマイエルが撮ったという、かなり奇妙な味わいに仕上がってる。あと、アニメーションシーンも少なめなんで、あの不気味なコマ撮りアニメを期待して見るとちょっと悲しい気分になるかも。但し、シュヴァンクマイエルの奥さんが描いたという『オテサーネク』の絵本のアニメーションシーンは素晴らしい。
DVDのジャケットの目玉焼きの気味をぺろりと舐めてる写真とか、あと、この映画の中でペドのエロジジィが出てきて、そのエロジジィ視点で少女の食い込んだパンツ丸見えシーンとか、そういうのが好きな人には堪らないシーンがあるんだけど、肝心の女の子があんまり可愛くないのがつくづく残念だなぁ……
allcinema ONLINE:オテサーネク 妄想の子供
IMDb:Otesánek
参考:ヤン・シュヴァンクマイエルの食卓
Feb 1, 2005 2:12:28 PM | Permalink
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