漢字廃止論
2年前の日記よりサルベージ。
漢字廃止論というのがある。言われだしたのは幕末の頃、前島密らが言い出したのが始めだと思われる。ようは日本語は漢字があるから難しい。漢字を無くすことで日本語をもっと判り易いシンプルな言語にしよう。という主張だ。何せ漢字ときたらアルファベットがたったの26文字しかないのに比べて何千字もある。到底全て覚えきれる訳はない。漢字をなくしてしまうというのは、些か過激でナンセンスな現実味の乏しい主張と捉えられてしまうかもしれないけれど、国際化が声だかに叫ばれる現在、外国人が日本語を習得するときの一番のネックは漢字であり、その問題は明治時代から殆ど変わってないのだな。
漢字廃止論には大きく二つの流れがある。一つは日本のローマ字社や日本ローマ字会などが中心になって提唱された日本語をローマ字表記にしてしまおうというもの。もう一つはカナモジカイなどによって提唱されているひらがなやカタカナの仮名文字表記にしようというもの。外山正一らによってローマ字会が発足したのが1885年、山下芳太郎らによってカナモジ運動が始まったのが1921年だから歴史としてはローマ字論のやや早いことになる。ここらへんは近代日本が歩んできた脱亜入欧的な西洋化と関連があるのだろうな。
さて、ローマ字論にしても、カナモジ論にしても現在では殆ど普及していない。日本は識字率が非常に高い国だから日本人であればあまり現状の漢字かな混じりの表記でも特に苦労していないというのがネックなのだと思う。逆に漢字かな混じりになれているとローマ字の文章やかな文字だけの文章は逆に読みにくい。実際問題として、現在の日本の状況で漢字を廃してしまうというのはナンセンスな議論であろう。そこらへんはカナモジカイや日本ローマ字会などにしても認識していてあまりラジカルなことは言わなくなってる。でも、個人的にはこういう漢字廃止論のようなラジカルな主張を駄目々々と一笑に付する気にはなれない。なんか、ちょっと心惹かれるものがある。それは多分、漢字廃止論の根底にあるのがより良い日本語を作りたいという理想論だからだと思う。そういう情熱はそれが到底実現不可能であったり非現実的な机上の空論に過ぎなかったとしても、何か心惹かれるんだ。んでもって、そういう情熱の最終的な行き着く先はエスペラントのような新しい言語の創造なのかなと思う。
漢字廃止論の概要については「漢字廃止論の夢のあと」が簡潔にまとまっていて読みやすかった。
2002/10/23(Wed)
<参考>
社団法人日本ローマ字会
日本のローマ字社
財団法人カナモジカイ
漢字廃止論の夢のあと
漢字廃止論への疑問
漢字は廃止できるか?
日本エスペラント学会
漢字をめぐる政策 - Wikipedia
Oct 1, 2004 5:36:50 PM | Permalink
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